第11場 1993年1月20日 アメリカ山岳部時間(MST Mountain Standad Time GMT-7)8時01分 ロッキー山脈地下基地司令部支所~秘密時空保安局職員居住区
選抜メンバーの五人は実はカルボナーラを食べている最中に腹の中で既に決めていた。すぐに局長に報告しなかったのは例の1972年の゛歴史的な大失敗゛が今でも頭から離れないからだ。「1992年通達」の後は気が重い暗殺指令が皆無になった安心感はあるものの逆に任務遂行のための工作がより緻密にならざるを得なくなり、スカウト職に専念しているわたしに後輩からアドバイスを求められることがしばしばあった。今回の"1946年から2017年、この70年間のある人物の行動を詳細に調査して最適な分岐点を見つけて自然な流れで別な進路を取らせるようにとの指令"には当然その人物の名前と役職は記載されていた。一応1993年を居住地と定めているわたしにとってはその人物は有名人でどういう生い立ちで成功を収め、実業家としての地位を築いていったのか、1993年までの経緯は資料に頼らずともある程度は自然と知識の一部として脳に刻み込まれていたが、役職の"アメリカ合衆国大統領"の記述には度肝を抜かれた。1946年から1993年の間であれば飽きるほど時空を飛び回っているので熟知しているがその先のことは知らない。それには理由がある。
秘密時空保安局局員の最も重要なパートナー、時空を飛び回るための゛コージ君゛(航時君)、航時空軸飛翔推進変容機の携帯用セットの精度をまだ信用しきれていない点にある。[1992年型モデルパート1]から[1992年型モデルパート2]に改良されて思いもかけないとんでもない年代に飛ばされてしまうということはなくなったようだが、過去はともかく、先の年代(1994年以降〜)に飛ぶことへの不安は払拭されていなかった。なぜならいままで一度も1994年より後の年代に飛んで仕事をするようにとの指令は誰にも出されていないからだ。
今回はじめて2017年まで我々の活動範囲が広がったということは少なくともその年代までは安全に飛んでいけるということが確認されたということだ。技術が年々進歩しているのだろう、事務方からの時折届く文書の航時空軸飛翔推進変容機の携帯用セットのアップデートの連絡が時折来るが、その"アップデート"というのが正確に何を意味するのかよくわからず事務方のうら若きチャーミングな女性に直に質問をしたことがあるが、常に最新の状態にしておくために絶対必要な作業なので通知が行ったらすぐに指示通りのことをしてくださいと強い口調で言われて平身低頭して事務室を後に居室へ戻ってきた苦い思い出がある。機械、特にマイクロコンピュータの扱いは女性以上にむずかしいことは秘密時空保安局の訓練所で嫌というほど味わって身に染み付いている。我が最愛の友゛コージ君゛よ、よろしくこの年寄りをよき場所へ導いてくれ!
居室に一旦戻りたかった理由は気持ちを落ち着かせる目的ともうひとつ、局長にもう一食おごらせること(結果は大成功・・・さて今度は何料理をごちそうしてくれるのか楽しみだ)、ディナーとなれば装いも新たにして出直すのが礼儀というもの。一番のお気に入りのキートンの紺色のスーツで出かけるとするか。