第13場 1993年1月26日 アメリカ山岳部時間(MST Mountain Standad Time GMT-7)9時 ロッキー山脈地下基地司令部支所~秘密時空保安局職員居住区
中華レストランで食べたジンジャー・フライド・ビーフの味が忘れられす最近はその"中華鍋とロール"で一人ディナーを取ることが多くなり、オレンジチキンを顔なじみになったあのチャイナドレスがお似合いのかわいい女性店員さんに薦められてこの品目も結局はお気に入りとしてマーク、あれから一週間で体重が三キロも増えてしまった。食べるだけ食べて動くことが少なくなってしまったのでそれは当然の結果だが、ある意味これも局長命令だから仕方がない。1993年代の居室にできるだけ留まりデスクワークに明け暮れる日々。食事の時に基地内のレストランゾーンに移動する際途中で売店で買い物も済ませ、とにかく足早に居室に戻って執務する・・・ああっまた局長にだまされた感じだ。重要な任務のリーダーとして確かに現場復帰したはずだが、最前線と言えば最前線ではあるが負け戦で最後方殿(しんがり)として敗走する本隊を逃がしで時間稼ぎをして場合によっては捨石として最期を迎える華の役割をこの老兵に与えてくれたのではないかと少々うがった見方をしてしまうのは年寄りの冷水か閉所恐怖症に陥って冷静な判断が下せなくなってしまったのせいなのか、まぁ慣れない仕事で早くもストレス症候群が現れてきたというところか。
実は我が居室の状況が以前とは一変してしまっているのだ。例のあの楽しい会食の後、事務方からの通達(局長命令)で大改造されてしまった。規則違反で使用していた眠りの儀式のためのローソクはお咎めはなかったが没収、ベッドは同じシングルでも特注の一回り小さいサイズに変更、ベッド脇に置いて使っていた小テーブルも撤去、机とその付属の椅子も撤去、代わりに横長の大きい机が運び込まれ、椅子も机に見合った一回り大きくなった立派なものが付随してきた。机の上にはノートパソコンなるものが二台、プリンターというものが一台置かれ、電気コードやらその他のコードが壁のコンセント(よく見ると以前のものとは違うもの)に繋がっている。この前局長室に行ったときに見た局長の机の上はこれら以外にも何台かの機械やなんやかんやとすごいことになっていて驚いたがわたしの机もそうなっていくのだろうか?
1993年1月20日、朝7時から我が居室の模様替えがはじまり、午後からは事務方の若いかっこいい男性に机の上に設置された機械の使い方を教わったがとてもすぐに使いこなせるわけもなく、椅子をもうひとつ置いてマンツーマンで教わりながら執務することとなった。翌日から彼は朝9時にわたしの部屋に来て、機械の電源を入れて作業開始。12時から13時まではレストランに移動しても食事(当然わたしのおごりで!)、再び17時までノートパソコンの画面と格闘。今日26日がその個人授業の最終日で明日からはひとり寂しく居室で過ごす生活となる。わからないこと、困ったことが発生すればすぐに飛んできてお助けしますという心暖かい言葉を残して夕方彼は去っていった。
仕事内容は今回の作戦で各時代に飛ばした五人の活動状況の把握でメールなるもので定期的に入ってくるものを確認することと折り返しこちらからの指示等連絡事項の送付で夜中寝ている時間帯でも一台のノートパソコンは起動させたままにしておいてメールの着信時には音が鳴るありがたい設定で憧れの消防士にでもなった気分で自分のベッドで過ごせるという局長の親心には痛み入る次第だ。ただ、このメールのやりとりの原理がよくわからない。時空が異なる相手とどうやって交信しているのか? その仕組みは複雑すぎて頭が痛くなりそうなので知りたいと思いつつも
教師役の彼には聞かなかった。
もう一台のノートパソコンはメインで使っている片方が故障してもすぐに使えるように同期していて初期設定で全米のテレビがひとつの画面でモニターできるようになっていて何か特別な事件が発生してもわかるようになっている。執務中の人間が居眠りしていなければの話だが・・・。ただ、五人からの連絡はそんなに頻繁に来るわけではないので世の中の特に政治情勢のチェックが主務となってきている。もちろん普段は消音になっているが操作すれば特定のチャンネルをピックアップして音声も一緒に聞くことができる。ただ、そうそう大事件が起こるわけでもなく一日中ノートパソコンのモニターにしがみついて見ているという必要もないので、机の傍らに常に置いてある本を時折読んでいる。パソコン関連本の差し入れも局長の心憎い気遣いだ。まずは用語から、そしてトラブル解決法などとにかく読みまくって勉強に励む日々なのだ。