第14場 1993年3月26日 アメリカ山岳部時間(MST Mountain Standad Time GMT-7)9時 ロッキー山脈地下基地司令部支所~秘密時空保安局職員居住区

居室でひとりっきりで執務しはじめて丸二か月、なんとか例の最初にパソコンの手ほどきをしてくれた好青年に助けを請う回数も激減して会う回数が減ってきたが、週に一度は特に用事がなくてもメールで彼のプライベートアドレスに゛今夜あたりまた夕食を一緒に食べませんか?"と連絡してしまうのはやはり人恋しいからなのだろう。レストランや売店に行けば当然複数の人と接することになるが必要以上に話をするわけにはいかない。彼に悪いとは思うが他に誘える人間がいないのだから仕方がない。ただ、彼にはいろいろな悩みがあるようでいやいやOKサインを出しているのではないとわかって一安心。そこは長年バーテンダーを務めてきた身だ、暖かくじっくりと聞いてあげる術は心得ている。やはり、一番の悩みは恋愛のようでどうやらこの基地内に好きな女性がいるらしい。ただ、彼としてはどうも夕食時には核心部分は話しづらそうなので結局お互いのプライベートアドレスを使ってメールでやりとりした。レストラン、特に中華料理の"中華鍋とロール"でディナーを取るときになぜ話しづらかったのか? 彼は基地内に五つあるレストランでは"中華鍋とロール"が一番好きだというのでわたしもひとりのときでも好物となってしまったジンジャー・フライド・ビーフとオレンジチキンを頼み続ける日々となっていたがメールを交わすうちに相手が誰だかなんとなくわかってきた。そうあの店のあの娘さんだ! わたしも一目見てかわいいという感情を持ってしまったが彼も同じ穴のムジナのようで、だから"中華鍋とロール"がキーワードになっていたのだ。しばらくは相手が誰だか?にしておいておいしい中華料理をいただくことにしよう。

現在今回の作戦でわたしの配下として各年代に派遣しているのは五人だが、本来の名前、階級で呼ぶことはない、記号と通称で呼んでいる。わたしからの指示は通常の文章だが、一旦事務方が暗号化して先方に届くようになっているらしい。逆の場合は暗号文で届いたものを翻訳してこちらに転送してくるのでどうしても最初に受信してからは相当の時間差が生じることとなる。このあたりの予備知識も例の彼から教わったことだ。いつからこういう形式になったのだろうか、技術革新に老体はついていけない。手書きの指令書でやりとりしていた昔がなつかしい。書かれている字の勢いに勇気づけられたり、へびがのたうちまわっている悪筆を見て自分の字
より上を行っていると変な安心感を持ったりと肉筆から湧き出てくるオーラはそんじょそこらにうじゃうじゃいる死霊、生霊より強いエネルギーを持っている。

記号:L1 女性 通称マライヤ 1996年のニューヨークに派遣した。なかなかの美貌の持主でモデルの仕事をしている。
記号;L2  女性 通称マリー 1964年のニューヨークに派遣した。今回の作戦対象人物であるアーノルド・ロッドマン氏の父が経営する不動産会社に入社、総務部に配属されている。
記号:L3  女性 通称マリアン 1990年のニューヨークに派遣した。巨大金融グループゴールドマン・サックスの融資部門で働いている。
記号:M1  男性 通称ジャレッド 1971年のニューヨークに派遣。アーノルド・ロッドマン氏が経営するゴルフ場管理会社に入社、ゴルフ場の整備やキャディーなどをしている。
記号:M2  男性 通称ジェフ 1981年のニューヨークに派遣、アーノルド・ロッドマン氏の所有するビルの管理会社に入社、ひとつのビルの管理を任されている。

今日は一番古い年代にいるマリーからの定時連絡が入っていた。特に重要なことが発生しなくても一週間に一回は何らかの報告を入れるように指示してある。就職してから二か月、仕事にも慣れ社長の息子であるアーノルド・ロッドマン氏をはじめて見かけたとの連絡が入っていた。さわやかな18歳の大学生のアーノルド・ロッドマン氏に会社の受付として会話を交わしたマリーは好印象を持ったようでジョークを含んだおもしろい文面で"もし誘われたらOKサインを出してもいいですか?"とわたしに伺いを立ててきた。
はてさてどう指示したらいいのか? わたしの返信する文面もわたしに回ってくる連絡すべても当然わたしの上官に当たる局長はすべて把握しているはずだ。最も重要な局面であればわたしも局長に相談を持ちかけるが、一応今回の作戦は全権委任されているという立場上ほとんどのことを自分で判断して適切な指示を与えなければならない。マリーは現在26歳、秘密時空保安局職員歴はまだ二年あまりだが優秀な局員で今回の任務の直前まで1979年代の香港に派遣していた。ワシントン・ポスト紙の特派員として取材に当たらせていたのだが、文章上手がある意味であだとなり、1992年の局長がいる年代に一旦戻して使いどころを模索していたところだったのだ。

わたしの机の脇のブックエンドにマリーが執筆した一冊の本がある。執筆名は当然マリーではなく香港でワシントン・ポスト紙の特派員として名乗っていたもので香港の未来の姿を恋愛小説の体裁を採りつつユーモアたっぷりに描いたSF小説でその後の香港返還を睨んだ意欲作として注目を集めすぎてベストセラーになってしまったものだ。マリーは本来の仕事の一環としてワシントン・ポスト紙側の上層部の了解を得て出版したものでなかなか順調に進まない香港返還の話を少しでも前向きなものに転換させるために得意技を披露したわけだったが彼女自身が有名になりすぎて結局は元々持っていたうつ病が悪化して退職・・・というストーリーを急遽局長が作って1979年代の香港から引き上げさせたばかりだった。

そんな彼女からの文章には事務的な仕事の報告とはいえやはり何かしらの毒が含まれていると考えるのはある意味あたりまえ、そりゃそうだ。彼女の心の内をより深く知るためにその本は熟読したから文章の癖はわかっている。それにスカウトのきっかけも貧しい育ちながらも生活のために身近な町のレポートやら料理のレシピ、観光地の案内文やなんやからを独自に書いて、それらの売り込みのために場末のバーテンダーのわたしにまで頼み込んできたことだったから。女の子で身寄りのない頑張り屋さんに秘密時空保安局の仕事を奨め、簡単に承諾してもらったときはOh,my goodness!!と思い切り叫んでしまって店中の客を振り向かせてしまったっけ。なにせ女性局員を獲得するのは過去においても今現在でも大変なことだということが身に染み付いているから驚く、喜ぶ、飛び跳ねる・・・あの日のバーの飲み代はすべてタダにしてやった。もし、マリーが男性局員だったら今回の香港での一件で降格の上、今頃あの不遇の1974年をまるまる一年経験させられていただろう。

マリーはわたしと局長の器の大きさを試しているのかもしれない。
"お茶やミュージカル、コンサートなどのお誘いであればその場の雰囲気を壊さないように自己判断でOKすればいい、但しゴルフの話はOBが怖いので下手すぎるからとやんわり断ったほうがいい。"とわたしはマリーに返信した。あえてお茶を濁してわたしなりの気持ちをこめてこの程度にとどめた。後は彼女自身の判断に任すのみ、局長が異を唱えたらわたしが責任を取るつもりだ。このレベルでいちいち局長様の顔色は伺っていられない。軍歴も歳も秘密時空保安局職員としての職歴もわたしの方が上だという自負は常に持ち続けている。あの1972年の゛歴史的な大失敗"のときもそうだったが鼻息だけは荒くしておかないとある意味舐められてしまうので強気強気で押す性格のマリーには特別な思いを持っているのだ。

一週間後の定時報告でマリーはこう切り返してきた。
"マンハッタンの5番街の高級中華料理店でのディナーのお誘いを受けたので行ってきました。香港の銅鑼湾を思い出してしまい涙を見せたら、感激の涙と勘違いされて大変でした。"と人を喰ったような彼女独特の含みを持った書き方でその後どうなったのか、肝心なことは伏せたわざとらしい中途半端な文面を見た途端吹き出してしまった。わたしは゛時空航行手引き細則゛の「他人の考えに頼らず自ら頭を使い、常に行動に責任を持つこと。」をわざとらしく引用してあらためて周知徹底するように、それから何事にも無理はしないこと、目立たずに周囲に溶け込み信用力を増すこととまじめに返信した。いい調子だなどと軽口のふりをした本音の言葉はこの場面では言えない。言わなくても伝わるはずだ。そう、だからわざとわかりきった表面上無難な指示を出した。その調子その調子、わたし自身も監視、管理されている身の上なのだから。