第16場 1993年5月1日 アメリカ山岳部時間(MST Mountain Standad Time GMT-7)19時30分 ロッキー山脈地下基地司令部支所~秘密時空保安局職員居住区
まじめに仕事をしているであろうジャレッドには悪いがこの日は頭の中がモグラだらけでモグラ料理というものがあるのかどうか例の中華料理の"中華鍋とロール"で是非聞いてみようといつもどおり事務方の彼と時間を示し合わせて出かけたが、結局はお決まりの定跡コースのジンジャー・フライド・ビーフとオレンジチキンを飽きもせずに食べるのに専念し、モグラ料理の質問は心の内側に封印してとある作戦を決行した。前々からチャンスをうかがっていたのだがもうこのあたりでいいだろう、特別な趣向で彼を驚かせようというのだ。題して「突然お見合い大作戦」、あらかじめ店主にお願いして、ある程度食事が進んだ後あのチャイナドレスがお似合いのかわいい女性店員さんに10分ほどでいいから同席してもらえないかと根回ししておいたのだ。このときばかりは大佐という肩書きと茶封筒に入れた百ドル紙幣二枚の力に頼ってしまったがきっかけさえ与えればこの先なんとかなるという計算によるもの、彼はあがりっばなしだったが、わたしはひたすら話し続けた。
「今、わたしが仕事をちゃんとこなしていられるのは彼のおかげなんです。わたしは最新式の機械が苦手でパソコンの扱いをそれこそ電源の入れ方、切り方から習って、やっと最近なんとか様になってきたところです。本当に親切、丁寧に教えてもらっていて困ったことが発生するたびにわたしのところに飛んできて適切に対処してくれる好青年なんです。」
持ち時間の10分丸々彼を持ち上げ続けた。ちょっとやり過ぎたかなと思ったがもう決行してしまったからには今後ひとり仲人でも保証人でもなんでも引き受けるつもりだ。
結局彼はこの10分間だけではなくその後店を出るまで一言も発しなかった。余計なことをして怒らせてしまったのだろうか?
いや、店を出てすぐの彼のアクションでそうではないことがわかった。わたしが居住しているエリアと秘密時空保安局の事務所があるエリアは正反対の方向にあるのでいつもは店を出た段階でさよならをして別れるがこの日はわたしがいつもどおりにさよならを言う前に彼は
「本日はありがとうございました、明日もがんばって仕事をしましょう。」
と言いながらわたしの腕を引っ張って強引に居住区まで連れて行かれた格好となった。わたしの居室に入って扉を閉めた途端彼はとある極秘情報を語りはじめた。
「大佐、局長がもうじき中将に昇進してこの基地を離れていくことをご存知ですか?」
ご存知ですか?と聞かれたったそんなことを知っているはずがない。そうか、もう少し先の年代に飛んでいればもしかしたら知っているかもしれない、そう彼は思っての言っているのか? しかし、知らないものは知らない。彼に嘘を付いてもしかたがないので即座に首を横に振ったが、だとしたら後任の局長は誰になるのか? また慣れない年下の少将殿に仕える身になるのか。今の局長も就任当時は本当に右も左も過去未来も何もわからず、古参の局員数人と事務方のトップが局長室に常時同席して突貫猛烈指導を施しわずか一か月でなんとか役職にふさわしい最低限の知識を植え付けたものだ。その後局長はかつて陸軍地上部隊で発揮した卓越したリーダーシップをこの秘密時空保安局で存分に発揮し数々の業務改善を図り、本当に頼れる少将殿として職員全員から尊敬される存在となった。最大の功労は我々の必需品、航時空軸飛翔推進変容機の携帯用セットの改良に取り組んだことと例の「1992年通達」で指揮命令系統を整理し、いかなる状況の下でも殺人の罪を犯さないことを徹底させたことだろう。汚点と言えばあの1972年の゛歴史的大失敗゛にどうしてもなってしまうが、その件で局長が更迭されずに地位を保ったことから考えてみても一個人の責任で済まされる問題ではなかったことがわかる。そもそも我々の任務はすべて成功するものではない。゛とき゛を扱う仕事、それはいろいろなもののうねりに常に気を配り、ほころびを繕いながら微調整を行うもので大きな変革を起こした場合は必ず反動が伴ってくる。それを承知で思い切った行動を取らなければならないときもある。思いとどまって何もしないというのもひとつの判断で責任が非常に重い仕事だ。
「大佐、だいじょうぶですか?」
わたしはうたた寝をしてしまっていたのだろうか、現在の局長が就任したあとの出来事が脳裏で走馬灯として駆け巡っていた。
「いや、驚いただけだ。局長が昇進していなくなるということは本当なのかい? 昇進して中将になったとしてもこの基地の最高責任者というポジションも中将待遇だから地上暮らしに戻れるとは限らないぞ。」
「大佐もご存知かと思いますが、この地下基地のボスはいたって元気でその目は当分ないかと・・・。」
「確かに病気で伏せっているとは聞かないな。ということは別なお偉方の容態が・・・ということなのだな。」
「大佐、ここまで話してしまったので勢いで言ってしまいますが、局長は後任にはジョン・スコット大佐を少将格として迎え、副局長ポストを新設して陸軍の後輩であるダグラス・ホワイト大佐をその任に就かせようと現在いろいろと根回しをしているところです。」
「そうか、そういう段取りになっているのか。よく話してくれたな。まぁ、何とかという新任の局長と副局長の下で気に入られるようがんばるよ。」
「ちょっと待ってください、ジョン・スコット次期局長! 冗談がうまいのはわかりますが・・・今こうしてわたしが最新機器の扱いを教えて使い慣れてもらっているのは新局長へ就任していただくための大切な布石なのです。」
わたしは冗談を言ったつもりはなかった。ジョン・スコットなんてありふれた名前は軍の内部に三、四人いたっておかしくないし、士官学校を出ていないわたしが少将になれるわけがない。それに普段はそんな名前ではまず呼ばれない、作戦下では通称のジョセフと呼ばれるわけだし、バーテンダーとしては確かにジョンではあったがジョン・スコットなんて呼ばれても実はピンとこないのだ。偽名でよく使っていたグレゴリー・ジョンストンやジェーンと呼ばれるとハッとしてしまうのだが。
「すまん、しかしわたしが少将に本当に昇進できるのかね?」
「ジョン・スコット次期局長、わたしが聞くところによるとあくまでも正式の少将ではなく、秘密時空保安局局長のポストが代々少将待遇であるため形式的に少将格として扱うとのことです。ですから正確には昇進ではなく昇格ということになります。」
「よくわからんが名刺は"アメリカ合衆国陸軍特別業務監査局局長(少将待遇) ジョン・スコット"として作られるというふうに理解してもいいということなのかな?」
「たぶん、名刺はそうなると思います。そして、局長ポストをダグラス・ホワイト大佐に譲った後はまた、大佐という肩書きに戻るということです。」
はてさて、わたしは単に場繋ぎの進行役に過ぎないというわけか、それでも短期間でも少将の位の旨みにありついて年金の上積みを図ればいいということだな。ものは考えようだ、なるようになれ、元々死霊だか生霊だかルーツがよくわからない化物なのだから。
秘密時空保安局は表向きには特別業務監査局という看板を掲げ、陸軍だけではなく海軍、空軍や基地に出入りする理髪店やレストランの従業員などの軍属まで範囲を広げて独立した調査権限を持つ業務全般の監査を行う部署との位置付けでこのロッキー山脈地下基地司令部支所の中でも場末の人の往来が少ない所に事務所があり、目立たないようにひっそりと仕事をしている。軍の組織図にも載せられていないのである意味では中央情報局よりベールに包まれている存在と言える。中央情報局は軍とは直接は関係なく国家安全保障会議の直轄機関で秘密時空保安局との繋がりはわたしのような下っ端ではわからないが、情報収集活動などで交流があってもおかしくない。上層部のお偉方はゴルフや晩餐会で顔なじみのはずなのでわたしの情報も中央情報局には筒抜けなのだろう。保安局の局長になると立場上知り得てしまう秘密がいっそう増えるだろうからVIP扱いになってしまうのだろうか。もっともこの
ロッキー山脈地下基地に居る限りわたしの存在感は空気以下だろうから杞人の憂い
とお笑いのネタになるだけだが、何かしらの会合で地下基地以外の空気を吸える機会が与えられるかもしれない。
おっと、また居眠りをしてしまっていたようだ。机の上に彼の端正な筆跡で「good luck」とだけ書いてあるメモ用紙が置いてあった。