第17場 1993年5月2日 アメリカ山岳部時間(MST Mountain Standad Time GMT-7)9時15分 ロッキー山脈地下基地司令部支所~秘密時空保安局職員居住区

 

昨日、新局長とおだてられて舞い上がってしまったせいか、夜の夢の旅は過去ではなく未来へと向かっていた。そこは現在の作戦対象人物であるアーノルド・ロッドマン氏が大統領として君臨している国だったがなぜか英連邦の一員となっていた。確かに元々アメリカ合衆国東部は旧イギリス領北米植民地でありその資格は充分にあるものの、独立以来そんなものに加盟するなどと考えた大統領はひとりもいなかったはずだ。単に儀礼的にゆるやかな国家連合体としての参加ならともかく、どうやら当初は域内貿易の関税非課税という甘いえさに釣られて加盟したもののその後の国力の大幅な低下に伴い完全にイギリスの属国、もしくはイギリス領全米植民地に近い形に陥っていた。

 

ドンドンドンと居室の扉を激しく叩く音でわたしは目覚めた。声の主は昨日の夜のディナーを共に食した例の事務方の彼だった。
「大佐、だいじょうぶですか! 体の具合でも悪いのですか?」
「すまんすまん、ただの寝坊だ、今扉を開けるから。」
わたしも歳を取ったものだ。休みの日ならばともかく仕事をしている身として寝坊をするなどもってのほか、怠慢としか言いようがない。でなければ本当にどこか体に悪い箇所があるということになる。場末のバーテンダー時代でさえ一度も寝坊はしたことがなかった。時刻は午前9時15分、9時から執務するのが日課だからさっそくサボっていたことがバレたわけだが、やはりわたしは完全に監視下にあるということがわかった。
「サボっているとかどうかではありません。完全監視をしているわけでもありません。ただ、大佐のパソコンの電源が入っているかどうかはわかるようなシステムにはなっています。」と彼にお説教をされてしまった。どうやら変な夢を見過ぎたせいなのか、まだ頭がぼーっとしている。

 

「大佐、M2からの連絡が入っているので至急目を通してください。」
そう言い残してそそくさと彼は戻っていった。

 

M2、1981年のニューヨークにいるジェフからか。一昨日定時連絡があったばかりだが何か変事があったのだろうか?

 

ニューヨークのミッドタウンとダウンダウンのちょうど中間にあるマレーヒルにあるアーノルド・ロッドマン氏が所有する5階建ての古いビルの管理人をしているジェフはジャレッドとよく性格は似ていてまじめすぎるのが欠点だが料理上手でジェフではなくシェフと呼んだほうがしっくりするぐらいの技量の持主。しかし、わたしはその彼が最も得意とする料理の腕前は封印しておくようにと厳命してある。そうでないとビルの管理人ではなくロッドマン氏が料理店経営にも乗り出してジェフを料理長に起用し調子に乗って大活躍、有名人になって顔が知れ渡る、そういう目立ち過ぎてしまう展開が最も困る。ひたすら地味に地味にビルの管理人を続け、信用を得てさらに大きな重要なビルの管理人としての地位を得ることを要求しているのだ。

 

1981年3月11日水曜日、アーノルド・ロッドマン氏がわたしが管理しているビルの階段で運動中誤って頭部を打って入院しました。ロッドマン氏は普段から時間に余裕があるときには5階の自分のオフィスから1階までの階段をフィットネスエリアとして利用していて駆け下りたり、上りは爪先立ててゆっくり歩いたり、斜め歩きやボクシングポーズをしながらとかなんでもありの状況でこの日も午後2時ころから運動しはじめたのをわたしは階段付近の音で気付きましたが恒例の行事みたいものなので普段通りに4階の廊下の清掃をしていました。10分ほど過ぎたころダダダダダーッと階段の方向から音がしたので階段に通じる扉を開けて4階から下へ向かいました。3階から2階の間の踊り場近くの階段でロッドマン氏が腰掛けて座っていましたた。わたしが近付くと冷静な口調で「足が滑って勢いで壁に頭をぶつけてしまったよ。」と笑いながら声を掛けてきました。ロッドマン氏の女性秘書とすぐに連絡を取り、結局大事を取って緊急外来病院ではなく顔見知りの医師がいるマウントサイナイ病院に入院させました。その後の容態については逐次ご報告します。

 

ジェフからの連絡はこの作戦はじまって以来最も重要な知らせだった。ジェフには
ロッドマン氏のその後の体調、特に事故前と性格に変化が生じたかどうか、言動に
変わったところはないか、細かいところまで見落とさないようにとの指示を送った。

 

1981年3月11日、ひとつの分岐点としてマークしておこう。