第29場 1980年5月1日 アメリカ東部時間(EST Eastern Standad Time GMT-5)18時30分 ワシントンDC 秘密舞踏会会場
局長に就任して二週間、秘書のメアリー・ステュアートがちょっとすねていた。どうやらウォーレン・マクレーン事務長から初出張の話が届いたようで会議なら秘書として一緒に行けるが舞踏会ということなので残念がっているというのだ。ジャクリーヌと初仕事か、それにしても何を踊ればいいのか? すべてジャクリーヌにお任せするしかない。段取りは1980年代の事務長ロジャー・ウィリアムズ氏が整えてあるということなので空身で1980年5月1日の早朝に飛んで行った。同じジャンプ室での移動は手馴れたものだが局長として飛ぶのは実に気持ちがいい。以前はティモシー・カーマイケル前局長と不意に会わないように寝に帰る年代を調節していたが今はそういう気遣いは必要ない。
ロジャー・ウィリアムズ事務長にニコニコ顔で出迎えられ、ひとり若い事務官が動向しますので指示に従ってください。ジャクリーヌさんとは現地で落ち合う手筈となっています。着替えるタイミングなども事務官が把握していますので気楽に何も考えずに楽しんできてください。そう言い残して立ち去って行ったが何の事はない、空軍のジェット機、空港から舞踏会までの車の中のお供はウォーレン・マクレーン事務官だった。1980年にはまだこの地下基地にはいないはずの年齢のはずだが・・・と考えこんでいると
「結婚式以来の1980年で少し緊張しています。今日はロジャー・ウィリアムズ事務長の好意で1980年に飛ばさせてもらいお供させていただきます。ジェット機を降りたあと、車で舞踏会へ向いますが途中でホテルに立ち寄りそこで用意してある衣装に着替えていただきます。そこでジャクリーヌさんと合流し会場に行くという段取りになっています。それから・・・結婚式の節はありがとうございました。わたしがロッキー山脈地下基地で働くようになったのは1992年の10月でこの1980年はまだ10歳、身寄りがない孤独な状況でニューヨークのスラム街でなんとか暮らしていました。」
それから結局わたは時折相槌を打つだけでウォーレン・マクレーン事務官の個人演説会が着替えるホテルに着くまで続いた。そんな中で
「局長の許可を得たい件があるのですが、妻へのみやげものを何か買って帰ってもいいでしょうか?」
これはむずかしい所をいきなり突いてきたものだ。本来ならノーと冷たく却下するのが常に正しい答えだが、わたしとて今ははめてはいないが、紀元前のクレタ島の指輪を持っている。
「製造年月日などが入っているものは駄目、その他年代があからさまにわかってしまう流行の洋服なども困る。一応わたしの局長の立場上としては違う年代のものは:原則として持ち帰らないことというのが゛時空航行手引き細則゛に基づいた考え方だ。しかし、その、さっきの許可を得たい件てなんだったけ? 今日はウォーレン・マクレーン事務官とジャクリーヌの指示に絶対従うようにロジャー・ウィリアムズ事務長に言われてその意のままに動く人形に過ぎない。とにかく今日一日よろしく頼む。」とおとぼけを入れておいた。わたしはあちこちの年代を飛び回り過ぎてねじれているから杓子定規そのもの、小事にはあまりこだわらない主義だ。かわいい奥様に何かいいものをこっそりと持ち帰って喜ばせるといい。
ティモシー・カーマイケル前局長もわたしの居室でのローソク使用や紀元前のクレタ島の指輪をはめていたことを知っていてあえて知らないふりをしていたような気がする。
゛杓子定規と輪廻の蛇゛いい小説のタイトルを思いついた。
さて、高級ホテルで慣れない燕尾服に着替えされられたが、相変わらずジャクリーヌは一際美しいオーラを放っている。今日は前回初対面のときとは少し異なる濃厚なブルー系の鮮やかなドレスで眩しすぎて声を失った。無言のまま舞踏会が行われる場所へ車で移動したが妻ではなく母親のように丁寧に子供に教えるようなジャクリーヌの話し方に驚き、さらに何も話せなくなった。
「今日の舞踏会の主催者はときの大統領夫妻で半年ごとに定期的に行っているもので、特に政治色はありませんが今回は実質的には新しい特別業務監査局局長の紹介が主目的で正客はジョン・スコット少将、あなたで大統領夫妻と同じ丸テーブルに着席することになります。舞踏会といっても少しは踊りますが名刺交換会みたいなもので席を立たなくてもかまいません。正客のところへは代わる代わるいろいろな人が来ますので名刺をその都度やり取りすることになります。」
その他いろいろ細かい点まで会場入口に着くまでジャクリーヌの独演会が続き、いつのまにか夢の世界を旅していた。
バー「親父の店」でいつもどおりバーテンダーとして働いているとこのあたりでは似つかわない身なりのいい紳士が入ってきた。身に付いている癖ですぐさま腕時計を見る。夜9時17分、空いているカウンター席に座ると紳士は
「この店にはダイエット・コークを置いているかね?」
「局長、もうすぐ目的地に着くので起きてください。」
車の後部座席で隣にいるウォーレン・マクレーン事務官に起こしてもらったが、また頭の中で勝手にくだらない小説を書きはじめていたようだ。
「このペンシルベニア大通りをもう少し進むと目的地です。しゃきっとしたいい顔をしてください。」
と冷たいおしぼりを差し出してきた。このどうしようもない老いぼれた顔をなんとか立て直していると
「到着しました。長時間お疲れさまでした。」
というウォーレン・マクレーン事務官の声に促されて車を降りたが、そこはどう見てもホワイトハウスのエグゼクティヴ・レジデンスだった。既にいくつかのセキュリティ・チェックポイントは通過しているようだが、建物の中へ入ってからは
目立たない扉を開けてもらってさらに奥に進んでから狭い階段を下に降りたりと複雑な動きをして、扉を通過する度に首からぶら下げた今回の舞踏会の招待状兼身分証をセキュリティ・ガードが見て深々と頭を下げるので次第に気分が高揚してきた。
途中豪華絢爛な装飾がある部屋やコンクリート打ち放しのあつさりとした通路、広い部屋、迷路みたいな通路と対比的な興味深い小旅行の後に現れた赤と黒のハーリキン・チェックのボードに白の書きなぐり風のフォントで゛地下4階 地下核シェルターゾーンへようこそ゛
センチメンタリストのわたしはそれだけで泣けた。涙を見せるわけにはいかないので心底で大泣きした。
ペンシルベニア通り1600番地にあるホワイトハウス、白亜の建物に憧れを持たない人がいるのだろうか? 一般見学できるエリアもあるので当然人気の観光スポットでもあるが、政権の中枢という本来の意味合いのほうが強い印象でいずれは訪れる機会があるはずと思っていたが舞踏会の会場がホワイトハウス内とは、それも地下4階の。
ホワイトハウスは公式には地上3階地下3階とされているがわたしは地下4階の存在を知っていた。ただ、知ったのはそんな昔ではない。局長引き継ぎの際に前局長のティモシー・カーマイケル氏からホワイトハウスの地下4階の地下核シェルターゾーンにもジャンプ室があり、いざというときには飛んでいっていいということを教えてもらった。いざというとき、それは核戦争などの有事の際のみということで他言無用、秘密時空保安局局で知っていていい人物は局長と事務長だけで飛んでいっていいのは局長だけ、例外として局長不在の際に緊急事態が発生して一刻を争う場合は事務長が判断して、自分か他のものが代わりに飛んでもいいということになっている。
だから余計に゛地下4階 地下核シェルターゾーンへようこそ゛というボードの文字を見て感慨深げになったのだ。
時刻はちょうど18時30分、建物の入り口に着いたときは少し予定時間より早いのではと思っていたがさすがにウォーレン・マクレーン事務官、予行演習でもしたかのようにジャストタイムで舞踏会場に足を踏み入れることができた。