先日、おどりばの歌織さんに誘われて
「柴田亮太郎」さんというギタリストの方のライブを観に行ってきました。
歌織さんのフラメンコ教室時代からお世話になっている方なんだそう。
1stステージはカバー中心に、2stはオリジナル、と、演奏もアレンジも、本当にめちゃくちゃ素晴らしかった。
THE・フラメンコって感じでもなくて、次から次へと景色が見える曲ばかり、没入感がすごい。
フラメンコギターやってる方の、右手の指一本一本、音の一つ一つが綺麗すぎて、もうリズムが「生きてる…!」って感じ、凄い。
難しい拍子のことは分かんないけどね!
昔、長谷川きよしのコンサート行ったの思い出しながら、
やっぱりガットギターのあのナイロン弦を弾く音がたまらなく好きだなぁ、と。
ちなみに途中から、HUNTER×HUNTERのウイングさんにめっちゃ似てるなと思ってました。
CDも購入。
歌織さんが「バンドでボーカルをやってる鍵子さん!」と紹介してくれて、
「そうなんだ〜ごめんね〜僕のライブ歌がなくて」
と言ってたけど、音に"没入"する時は、歌がない方がわたしは良いなぁと思ってしまう。
だからこの間対バンしたSoberBrownも本当に大好き。
例えば絵画とか、わたしは別に詳しくないんだけど、それでも美術展で絵を観るのが好きなのは「音」がないからだと思ってる。
逆に音楽が好きなのは「絵」がないから、だとも思う。
自分のイメージを入れる「余白」があることが、とても自由で没入できる感じがある。
けど、もちろん歌は好きだし、映像を使ったライブも好き。けど、"没入"とは違って、エンターテイメント!という感じ。(←やってるのはこちら)
歌は、人の声というのは情報がありすぎる。
ただでさえ日本語の歌詞だと聴き取れれば言葉の意味が頭に入ってくるし、声だけでも
「この声の出し方どうやってるんだろう〜」
とか「この人は低音の部分がいいなぁ」とか考えてしまう。
とにかく人の声って、楽器とはまた全然ちがう、良くも悪くも、ものすごい存在感と威力がある。
じゃあ歌があると没入できないのかと言えばそんなことはなくて、良い歌詞と、そうでない歌詞(読むとヒィってなるやつ)があるなぁと思っています。
それを先日の新宿Merry-Go-Roundのあと、なべけいさんが呟いてたことが一番しっくりきて、
ちゃんと意図してることが伝わってるなーと思ってとても嬉しかった。
あまり歌の中に、悲しいとか嬉しい、とか直接的な感情の言葉を使わないのは、
同じ物語でも人によってそれぞれ重ねる部分が違うからなんですよね。
少し寂しいハッピーエンドとか、
絶望の中の安心感とか、
そういう微妙なニュアンスを、「書き切らない」ことで、聴いた人、読んだ人が想像して完成させられるように、だからあまり難しい言葉も使わない。(使えない)
「余白」はその人だけの大事なものですから。
歌は「歌っているわたし」が主役じゃなくて、「聴いているあなた」が主人公でいられるように歌っていたいですね。
結構ここ近年、そういう核に触れてくれる人たちがたくさん周りに居てくれて、とても嬉しい。
歌織さんもそのひとり。
もはや酒飲み仲間ですが、音楽の内側的な部分の話もたくさんできてとても楽しいんです。
そんな、今度一緒に演る「おどりば」のステージも是非観に来て下さいね。
ベロニカとはまた違った感じで歌います。
それではまたね。
(駅構内で30分以上ダベってた人たち↑)
ライブスケジュール
----------------------
2026/4/3(金)
◼️OPEN/START 18:30/19:00
------------------
千葉県船橋市きららホール
◼️OPEN/START 12:30/13:15
高円寺Club ROOTS!
◼️OPEN/START 17:40/18:10
18:10〜 レオパードゲッコー
18:50〜 VERONICA VERONICO
19:30〜 utsuro-tanuki
20:10〜 恋HELL⭐︎ペス
20:50〜 Cartilage
早稲田RiNen
◼️OPEN/START
福島県二本松市ふくしま農家の夢ワイン
◼️OPEN/START
LINEスタンプが出来ました![]()
ベロニカエルがライブ情報や豆知識をお届け!











