姉が狂ったように家で曲をかけてたんで、タイトルもなにも知らずに聴いて(聴かされて)いた。
でも生のコンサートは行ったことなくて、
一度姉に小学生の頃連れられて行ったのがフィルムコンサート。
あれは思えば映画だったな。
好きだと思った人たちの全盛期の頃のライブを知らずに時代が過ぎていくのは寂しい、けど、
もう二度と観ることができない、というのはもっと嫌だ。
マイケルジャクソンが死んだ時になんかそれがハッキリ解った。
なんでせっかくの日本公演観に行こうとしてなかったんだろう?!って。
理由は明白、「まあ、いつかそのうち」だ。
QUEENだってそう、映画のボヘミアンラプソディ観てから、俄然興味をそそられ、その時にやっぱり、
「生でQUEENを聴いたことある人は良いなぁ!」
って気持ちになった。
このままじゃ、ASKAもいつかそういう存在になってしまう。
いろいろあった人だけど、やっぱり行って良かった!!!
総合的に。
自分も、アリンコほどの存在だけど一応歌い手。
ASKAがもう当時の曲のキーが出るとは思わない。
久々のツアーだからか喉も相当かすれていたけど、それだけじゃない。
数曲、昔の曲を聴いただけで、
「もう昔の曲は同じようには歌えない」
とは解った。
見た目は全然衰えたように見えなかったけど、もう還暦だもんね。
喉の強さは人それぞれ違うけど、使えば使うほど、復活しない資源なんだ。
耳だってそうだ。
復活することはない、衰えるようにできている。
けれど、彼は全く違う強さを持っていた。
得意な音域に関しては鳥肌が立つほどの声量と歌い回し。
「おおーーー!これが第一線でずっと活躍していたアーティストの力なんだ!」
と思った。
けど、本人は、とあるMCで
「曲が勝手に一人歩きした」
ということも話してて、
なんかそこでハッとした。
なんで、もう出ないと分かってる曲を今回選曲したんだろう?(そんなこと本人が一番わかる)
キーを下げたり、もっと今の自分が出せる新しいアルバムの曲だけでも良かったんじゃないか?
そんな、序盤にわたしが思っていた浅はかな点と点が一気に繋がったのだ。
身をよじりながら、明らかに辛そうに昔のヒット曲を歌い上げる。
これはASKAのけじめなんだ!
「待っててくれてありがとう」
そんな最後の一言が突き刺さった。
あまり知らない人が聴いたら、多分「なんでそんな声で出てきたんだよ」というライブなんだ。
そんなことは本人が一番知っている。
でも隠そうと思えばいくらでもASKAクラスなら一時的に誤魔化しはできるはず。
けど、あえて素の状態で出てきて、昔の曲から今につながる曲を惜しげもなく歌う。
過去をなき者にしない、それが在って、
今俺は新しい音楽を、やっていくんだよ、
「今の俺はこんななんだよ」
「思い上がりと笑われてもいいよ」
そんな、ツアータイトルの「PRIDE」がしっくりとくる、メッセージのようなライブだった。
普通、一時代を築いたアーティストならそんなこと恐ろしくて出来ない。と思う。
現に次から次へと新曲を作り、来年はバンドツアーも決まっていて。
「今日みんなを、同じ出口に連れて行く」
そう言って始まったライブだった。
30年以上、第一線を突っ走って来た人なのに、今は「挑戦者」なのだ。
いや、昔からインディーズアーティストみたいな気持ちでずっと音楽を作ってきた人なんだ、と解った。
まるでわたしたちが出てるようなライブハウスのバンドみたいに
「いかに爪痕を残そうか」
ライブ前のありふれたつぶやき→「全力でやります」
そんなライブを今この時期にやってのけたのだ。
これにはものすごく同調してしまった。
わたしも昔一度、ライブ中全く声が出なくなって、ベロニ子さんたちが代わりに歌ってくれる、という経験をしたことがあって、
あれが、どれほど優しくて悲しい出来事だったか、思い出して泣けてきた。
そんなライブしたあと、「そんなんプロじゃないよ」って叱ってきた人もいた。
けど、100%CDのように歌うことだけが「プロじゃない」と思ったんだ最近。
身をよじりながらでも、伝えられる術があるのなら伝えきる。
言い訳なんかしない。
体はどんなに気をつけてたって壊すときは壊すよ。
あれほどストイックなB'zの稲葉さんだってさ。
ASKAのMCからの曲が本当にどれも良かった。
心が伝わらないときっていうのは、たぶんいつもどっかカッコつけてるんだ。きっと。
「今日すんごいライブしたのに、なんで全然反応ないんだ?!」
ってもどかしくて悔しい思いの日が多々あるけど、
それも多分わたしの本気度がただ足りないだけなんだ。
覚悟や決意の強さがただ足りないだけだった。
アーティストっていうのはたびたび自傷行為をする。
それは体を切りつけるだけのことを言うんでなく、なにかを生み出す代わりに破壊的なことをしてしまう。
薬物もアルコールもセックスもそう。
溺れている、というかそれは多分自傷行為なんだ。
一般的にプロフェッショナルは安牌を取る。求められているものを100%の形で提供する。
けれど挑戦者はいつでもギリギリの表現法で身を削って報われないものを提示したがるのだ。
今回観たライブは並々ならぬASKAの覚悟と決意を教えられた気がした。
60歳、…か。
心まで歳をとったら、本当にそこで終わりなんだな。
これからも活躍応援します