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 旧約聖書の創世記に伝えられている、ノアの大洪水で漂流した巨大な箱舟がアララト山に漂着したという古代の伝説。これが単なる神話や創作ではなく、歴史的事実だと考えるならひょっとするとノアの箱舟の痕跡がアララト山に残されているかもしれない。そう考えた人たちがアララト山でノアの箱舟の遺構を見つけ出そうと試みてきた。昔、友人とのディスカッションのため、それらの試みの現代史を少し調べてみたことがあったので、その概略を記録としてここに書き残しておこうと思う。調べたと言ってもWikipediaのような幅広く情報を網羅する大げさなものではなく、自分の手元にあるわずかな資料等に限定したささやかなものにすぎないのだが、世の中にはそういう情報にも好奇心を寄せる稀な人もいるのではないかと、かすかな期待も抱いてまとめてみることにした。



 まずアララト山の全容だが、高さ約5200メートルの死火山で、頂部は昔から氷河に覆われており、トルコ、イラン、旧ソ連(現:アルメニア)などの国境付近に位置している。このため登頂が物理的に難しいばかりでなく、地政学的にもアララト山に安易に立ち入ることができず、アララト山での箱舟の現地調査を実行するのは簡単なことではない。例えば、アララト山の山中にノアの箱舟の一部が見つかったという情報に基づいて、第二次世界大戦後まもなくイギリスやアメリカの考古学者たちが調査探検をさせてほしいとトルコ政府に申し出たのだが、旧ソ連の横やりで実現しなかった。そもそも地元に住むアルメニア人がこの山を神聖な山として敬い、山頂にあるノアの箱舟をふとどきな人間たちに破壊されないようにするため、人間の近づくことを神から禁じられていると堅く信じてこの山に登らなかった、また登らせなかったと言われている。


 とは言うものの、現代史を紐解くと例は少ないがアララト山への登頂に成功した事例やアララト山の山腹での興味深い調査結果に関する記録が僅かながら残されている。1829年、はじめてエストニアの登山家フリードリヒ・パロットがアララト山の登頂に成功。これを皮切りに、続いてトルコのケルスゴ大佐率いる測量隊が1850年に征服。さらに1876年にはイギリスのゼームズ・ブライス卿が標高5000メートルあたりの岩の傾斜で木片を拾い、箱舟の残骸だと伝えたことがあった。1892年には、エルサレム・バビロンのノウリ博士がユーフラテス川の水源をさがすためにアララト山に登ったところ、氷河に閉ざされた壊れた船を発見したと発表するなど、箱舟の遺構の存在に対する関心の火はずっとくすぶり続けていたのだった。


 第二次世界大戦後になると、アメリカ、旧ソ連の飛行家たちが箱舟を見つけようと空からアララト山を観察するという新たな時代に入っていく。そして、1955年、ついにフランスの探検家ジャン・フェルナン・ナバラがアララト山の山中の氷河の中から船体の一部らしい加工された木材を発見するに至った。その木材はあまりに大きかったので1.5メートルの長さに切断し、綱に結んで引っ張りながら山から下ってきた。この発見は国中にセンセーショナルなニュースとして伝えられ、ナバラ氏の持ち帰った木材は、スペイン、フランス、エジプトの大学や研究所に送られて科学的な分析が行われ、およそ5千年前後昔の巨大な建造物の一部であるということが判明したという。


 ちなみにナバラ氏がその顛末を詳細にまとめて上梓した本が私の手元にあるのだが、大学等(ボルドオ大学・スペイン森林研究所)で行われた興味深い鑑定結果について添えられているものの、放射性炭素による年代測定については現在分析中とのことで、「その分析結果が何より一番重要だろ!」と主張する人たちにとっては消化不良を起こすこと請け合いである。


 また、ナバラ氏とは別に、1960年、トルコ陸軍のデュルビナール大尉が測量のため飛行機から東トルコ一帯の山々を航空写真にとっていったときのことだが、現像した写真の一枚を顕微鏡で綿密に観察するとアララト山の山腹に船形の影がくっきりと浮き出てきた。山と船形の大きさの比率からその寸法を具体的に計算してみると、長さが135メートル、幅が23メートルで、旧約聖書の創世記に書いてあるノアの箱舟の寸法とそっくりだったというのだ。大尉はさっそく上官に報告し、トルコ陸軍はただちに調査隊を編成し部隊をアララト山に送り込んだ。そして標高1800メートルのところで船形を発見し、調査隊長のソイダン少佐はそれが船の化石であることを確信したという。


 その後もノアの箱舟を発見したというニュースがたびたび伝えられる。ある人は標高3300メートルのところで発見したと言い、別の人は標高4500メートルのところで発見したと言う。そういう事例が後を絶たない。今日でもときおりノアの箱舟発見のニュースに触れることがあるのだが、これらの事例を総合すると、ノアの箱舟の決定打となる証拠はまだ見つかっていないというのが真相なのだろう。今どきは航空機どころか宇宙空間を飛び交う人工衛星により地表面の姿を克明に分析することができるようになり、ノアの箱舟の痕跡を発見したというニュースは今後も続く可能性がある。



 いかがだっただろうか。真偽不明、信憑性の疑わしい話も多いのだが、とりわけ熱い信仰心を持った人たちにとってこの種のテーマは大好物ではないかと思う。もちろん私自身も非常に興味があるので、今後も可能な範囲で追跡を続けたいところだ。