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 前回、大学進学までの内幕についていろいろと書いたところですが、今日は当時の内面の心のひだをもう少し丁寧に辿ってみたいと思います。


 日本国内では、21世紀になってようやく4年制大学への進学率が50%を超えたわけですが、みんなどんな目的で大学に進学するのでしょうか。将来の、「出世」・「富」・「権力」・「地位」・「名声」ですか。中にはこういうものを求めて大学に行こうという人がいるかもしれませんが、私の身近なところでそんな激しい物質的野心を露骨に表明する人をお見かけしたことはありません。実際のところ、日本国内では、大学進学が大いなる成功への特別切符だと考えるのは恐ろしいほどの過剰な期待であって、それでも長時間・長期間にわたって受験勉強に打ち込むわけですから、みんな何らかの強い動機を持っているのだと思います。もちろん特別な理由も無く、なんとなく進学したという人も多いと思いますが。


 私が大学進学を視野に入れて活発に過ごしていた子どもの頃、私の内面で激しく運動していた代表的な思考の波動をザックリとまとめてみますと、概ね以下のような感じでした。


①「宇宙や物理の探究は自分がもっとも熱狂しているテーマである」
・アインシュタインの時空理論(NHK番組)による絶大な心理的インパクト
・時空間モデルを扱うバックトゥザフューチャー(映画)による震えるような熱狂
・ビッグバン、ブラックホールなど時空間が形作る銀河宇宙の神秘への強烈なあこがれ
・自分も宇宙の神秘を科学的に解明する活動の一端に加わりたいという熱望


②「宇宙を探究したいというマインドは宗教にも由来している」
・幼い頃からまじめに聖書を学んできた
・聖書の神、宇宙の創造者を生涯にわたって追い求めることを堅く決意した、その意味での献身と洗礼
・宇宙の科学的探究の先で創造者、全能の神に辿り着けるんじゃないか
・大学進学という自分の進路が宗教のフレームから逸脱するとは微塵も思っていない
・それどころか自分の信仰心の強化と確立に寄与するに違いない
・したがって信者である母親としても教団内での立場を窮屈にするものではないはずだ


③「父親の期待にしっかりと応える道義的責任と果たすべき義務がある」
・父親の扶養下で積み上げることのできた歩みを途中で投げ出すことは著しく良心に反する
・名のある大学に合格すれば、未信者で社会的地位のある父親の顔を立てることができる


 細かいところまで見ていくと他にもたくさん列挙することができますが、だいたい上記の3つのファクターに収れんしていましたね。ようするに、大学進学にかかわる思考には、宗教との関係、両親の面目、自分の興味関心、これらの重要なファクターについて最大公約数的なところをどうにか抽出しよう、なんとかして条件を満たそう、矛盾なく統合しよう、そういう意識が心の隅々まで非常に強く働いていました。「そんなの単なる屁理屈、自己正当化、むちゃくちゃなこじつけでしょ」。えーっ!?なんてこと言うんですか! まぁそういう見方もできるかもしれませんが、多少強引なところがあるにしても凡庸な子どもの頭脳にもかかわらず、数々のプレッシャーの中で乾いた雑巾を絞るように必死でもがいていたんだよなと、当時を懐かしく思い出せるわけですよ。高校卒業後、大学進学ではなく、教団のフルタイムの奉仕者という選択をした人にも、その選択に至るまでに何かしらの思考があったものと推察します。私はそういう人たちの飾りの無い具体的な告白を耳にしたことはないのですが、進路選択に強烈な葛藤というものを抱えていたのなら、自分を納得させようと歯ぎしりした人もいるのではないでしょうか。それはもう過ぎたことだと片づけるのは簡単なことですが、様々な苦悩や葛藤の中で一つの決断をしたという人の思考過程を丹念にたどることで、人間心理の本質や核心に迫れるのではないか、そんなふうに考えています。