今日もまた、私がまだ幼さの残る若々しい青年時代の思い出を振り返ってみたいと思います。お時間が許されるようでしたら、お付き合いいただければと思います。
教団の中で、輸血拒否の教理について納得できるような説明ができる人物を私は求めていたわけですが、教団の集会で講演者がそういうテーマで話をしても、集会後に詳しい説明を求めると、「自分は指定の文書を読むよう指示されただけなので・・・」と適当にはぐらかされたりして、残念ながら明快な回答が得られた記憶がありません。話をはぐらかすというより、自分自身の頭脳で考えようとしない、そんなふうにも映りました。そういう認識でよく演壇の上から人にものを教えられるものだと、単なるメッセンジャーボーイに等しい姿勢に複雑な気持ちを抱いたものです。血液の微小分画成分のことも含め、血液の取り扱いに関する見解はこれまで幾度も変更されてきたし、一貫性の無い教理のために自分の命を危険にさらすことに一体どんな意味があるのだろうか、今後、血液の主要成分も良心的に決定して良いというふうに変更されないとも言えない、その場合、これまで生命の危機に直面した、あるいは命を落とした信者の遺族に一体どのように釈明するつもりなんだろう、私がその責任を負うことになったら間違いなく言葉に詰まる、頭を抱えることになる、素直にそんな疑問が脳裏をよぎりました。
まだ教団の信者個人のお宅で平日の夜の集会が開かれていた頃のことです。集会終了後、集会の進行係を努めていた元・各地を旅行する教団幹部を含め幾人かの信者が留まって、くつろいでいたところでした。現役を退いたとは言え、各地を旅行する教団幹部だったという輝かしい経歴の持ち主です。何かしらの的確な回答が得られるのでは、という期待する気持ちが働いたのでしょう、上記の素直な疑問をその教団幹部に率直にぶつけてみました。結論から言うと、平和的・建設的な話し合いには全くならなかったです。話が進むにつれ私はボルテージがグングン上がるし、元・旅行する教団幹部もヒートアップ、お互いに一歩も譲らず激高する口論になってしまいました。
私:「じゃあ遺族に一体なんと釈明するつもりなんですガーっ!(怒)」
元・旅行する教団幹部:「アナタがそんなこと考える必要などないッ!!(激怒)」
私も若かった。結局、話し合いが、というか激しい口論ですが、実りある収穫など1グラムも無くお開きになってしまい、元・旅行する教団幹部が帰った後、先ほどの激突を間近で観察していた家主である中年男性信者が、「あの幹部のあの言い方は無いよなあ・・・」とぼやいていたという空虚だけが残ったのでした。教団幹部のこのような不穏当な反応を目の当たりにすると、教団は信者に指示と命令をするけれど、その結果については一切責任を取る気もないんだなあ、と感じるのは私だけでしょうか。「信者の生命と人権って、なんでこんなに軽いんだろう?」と感じるのは私だけでしょうか。今にしてみれば、私ももう少し言い方があったかもしれませんが、冷静な話し合いをすることが難しくなることがある、そういうたぐいの重いテーマの一つだと思います。
進学や就職などの理由で幾度も転居し、教団のいろいろなコミュニティに私も関わってきました。教団独自の聖書理解に基づく強制力の伴う指導に対し、私自身は望んでもないのにたびたび教団幹部と衝突する、コミュニティの中で影響力を持つ信者と摩擦が生まれる。なぜいちいち衝突や摩擦が発生するのか。私は幼い頃から教団で聖書を学んできた。洗礼(浸礼)も受けた。神の探究に精一杯努めてきた。しかし、教団とは異なる価値観、異質な宗教観、そういうものが割と早い段階から強固に育まれていたのではないかと推測しています。そうでなければ、それらの非合理な現象や体験の説明がつかない。というわけで、私にとっては教団と適度な距離を取るという選択は、不必要な摩擦と衝突を避け、無用のストレスを軽減し、精神的健康を獲得するための賢明な措置だったというわけです。以前の記事(20240928-現在の宗教2世としての自分の立ち位置について)でも書きましたが、実際、そのほうがのびのびと聖書の研究活動ができるわけで、教団の宗教活動に日常的に従事していた頃に比べると比較にならないぐらい精神的に楽になっている。それと同時に、霊的な充足も実感できているから、不思議だが、決して悪くないコンディションだ。