私が自分の師匠だと尊敬してやまないアイザック・ニュートンが執筆した、万有引力の法則を論ずる科学書、その名を「自然哲学の数学的諸原理」と言う。プリンキピアとも呼ばれ、当時における世界最高の知性の結晶たる大作です。その壮大な書物からごく一部分だけを抜粋してみました。
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世界の名著26 ニュートン 自然哲学の数学的諸原理 河辺六男訳
一般的注解
6個の主惑星は、太陽を中心とする同心円状を回転し、同一の方向をもち、ほぼ同一の平面上にあります。10個の月が、地球、木星、土星のまわりを、それぞれを中心とする同心円上を、同一の運動方向に、しかもほぼ各惑星の軌道平面内に、回転しています。これらすべての規則正しい運動を生ずることは、力学的原因だけからでは得られようもありません。といいますのは、彗星はひどく離心的な軌道で、天空の全部分にわたって自在に運ばれるからです。この種の運動によって、各彗星は、惑星の軌道をひじょうにすみやかに、しかもきわめてやすやすと通過し、その遠日点においては、そこではいっそうゆっくり動きいっそう長いあいだとどまっているのですが、たがいに最大の距離まで遠ざかり、たがいにほとんど引力を及ぼしあわないまでになります。
この、太陽、惑星、彗星の壮麗きわまりない体系は、至知至能の存在の深慮と支配とによって生ぜられたのでなければほかにありえようがありません。またもし恒星が他の同様な体系の中心であるとしたら、それらの同じ至知の意図のもとに形づくられ、すべて「唯一者」の支配に服するものでなければなりません。わけても恒星の光は太陽の光と同一の本性を持ち、あらゆる体系はあらゆる体系に、たがいに光を送りかわすからです。しかもこの恒星を中心とする諸体系が、それら自身の重力によって、相互に落下することのないよう、これらをたがいにかぎりないへだたりに置きたもうたのでした。
この至高の存在はありとある事物を統治するのです。世界精神としてではなく、万物の主としてです。そしてその支配のゆえに、主なる神、万物の帝王と呼ばれるのが常です。なぜなら、神というのは相対的な呼び名であり、僕にかかわりをもつものだからです。そして神聖とは、神を世界精神とする者が夢想するような、神の支配が神自身の身体に及ぶのではなくて、僕に及ぶことだからです。
この至高の神は、永遠の、無限の、絶対的に完全な存在です。しかし完全であるとしても支配を欠く存在は、主なる神ということはできません。すなわちわたくしたちは、わが神、なんじらの神、イスラエルの神、神々の神、主の主とはいっても、わが永遠なるもの、なんじらの永遠者、イスラエルの永遠者、神々の永遠者とは申しません。わが無限なる者とも、わが完全なる者とも申しません。これらは僕にかかわりをもたない称号なのです。神という言葉は通常主を意味します。が、もろもろの主がすべて神なのではありません。精神的存在の支配が神を形づくるのです。真実の支配が真実の神を、至高の支配が至高の神を、虚構の支配が虚構の神をつくるのです。その真実の支配より、真実の神が現実の至知至高の存在であることが、その他のさまざまな完全性から、神は至高であることが、または至全であることが、従うのです。
神は永遠にして無限、全能にして全知であります。すなわち、永劫より永劫に持続し、無限より無限にわたって遍在するのです。万物を統治したまい、生ぜられるまた生ぜられうる万事を知りたもうのです。神は永劫そのものでもなく、無限遠そのものでもありあません。しかし永遠的であり、無限的なのです。神は時間そのものでもなく、空間そのものでもありません。しかし時間的に持続し、空間的に遍在するのです。永劫に持続し那辺にも存在するのです。そしていずれの時いずれの所にも存在することによって、神は時間と空間を構成するのです。空間の各微小部分は「いずれの時」にもあり、時間の不可分な各瞬間は「いずれの所」にも存するゆえに、まこと万物の創造者にして主が、「いずれの時にも存せず」「いずれの所にも存しない」などということはありえないのです。
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えーと、これは何かの宗教本ですか? ちがいます。冒頭で述べたように、アイザック・ニュートンが執筆した万有引力の法則を論ずる科学書の一節です。現代の科学書と比べると全く空気が異なりますよね。しかしこれが近代科学・現代科学のルーツとも言える真の姿なのです。ニュートン没後、近代科学は、神とか宗教とか信仰などスピリチャルなものを徹底的に排除することで急速に発展を遂げていくのですが、アイザック・ニュートン自身は中世と近代の両方に精通する歴史上類例の無い極めて特異な人物だったことが見えてきます。宇宙の真理の探究、世界を統一的に支配する法則・基本原理の発見、それらと自身の宗教観が矛盾なく融合していたということで、私などからすると、とってもうらやましく思えてなりません。