素人の楽器の楽しみ方ってありますよね。プロの音楽家ではありませんから、集客とか勝敗のプレッシャーなどからくるストレスとは無縁です。私の場合、珍しい楽器を通じて気の合う仲間と楽しい時間を共有したい、ただそれだけでした。幸運にもバイオリンを手にした私は、そういう素直な感情を発揮する機会を心待ちにしながら練習に励んでいたというわけです。
さて、そんな折、当時私が所属していた会衆(教団コミュニティの単位)で年長の信者が遠くへお引越しするというお知らせがありました。その会衆は大きな都市の中にある割には信者の数がとても少なく、普段使用している集会所も古めかしくてくたびれたたたずまい、結果的に一人ひとりの信者の存在がとても印象に残るところでした。そういう素朴な環境の中で同じ会衆に所属したというご縁にこれといったお礼のプレゼントが思いつかなかった私は、
私:「バイオリンの演奏をプレゼントしてみても良いかもしれないなあ」
私:「うん、それで行こう!」
と決心したのでした。
丁重にお礼のお手紙を書くとか選択肢はいくらでもありそうなものですが、わざわざハードルを上げてしまいましたね。しかし素人の怖いもの知らず、私も若かった。みなぎるやる気ばかりが先行して、さっそく引越し予定の信者と数少ない信頼を寄せる教団幹部にアポイントを取って送別会を企画、みんなの都合をよく合わせました。その日に向けて練習にもますます熱が入ります。送別会当日、お引越しされる信者のご自宅にお邪魔させていただいたときは、もちろんスーツでビシッと身を固め、颯爽とバイオリンの引っさげて行ったわけですが、形だけは様になっていたのではないでしょうか。演奏選曲は「賛美の歌(旧版)」からいくつか、加えて懐かしい日本の唱歌、最後は「蛍の光」で締めくくりました。曲目だけ一見したところではそれなりの形になっていたと思います。心地良い緊張の中での真剣な演奏でした。
お引越しされる信者の表情は終始とても明るくニコニコとしておられ、そんな様子を垣間見ることができた私は頑張って猛練習した甲斐があったものだと感じました。同席していた教団幹部も「そうかぁ、こういうやり方もあるんだなぁ・・・」とボソッとつぶやいておられ、本当に感心しているふうでした。もちろん冷静に振り返ってみますと、お引越しされるご本人は私の演奏に喜んでいたというより、送別会のために演奏しようという私の努力を誉めてくれていたというのが真相なのでしょう。私の実力からして演奏そのものはお世辞にも決して上手ではありませんでしたからね。
それにしても良い経験ができました。その送別会を皮切りに、その後も会衆内のちょっとした親睦、友人や親族が集まる会合、就職後は職場の懇親会などいろんなところに活動フィールドを見つけ、機を見て演奏して、というか音を出してみんなと楽しんできました。近ごろは情けないほど練習がおろそかになっており、もっぱら「もののけ姫」(っぽいもの)しか弾けません。今までアンコールの声援がかかったためしはなく、演奏技術を高めるべく一層精進しなければならないでしょう。というわけで私には一つの目標があります。それは「パッヘルベルのカノン」を上手に演奏できるようになること。道のりは長く、ゴールは遥かにありますが、挑戦のしがいはあると思います。到達したあかつきにはきっと新たな地平が見えるのではないでしょうか。
(終わり)