この世に生まれて、文明の利器による高度な衣食住の文化による軋轢や不安がないことは避けられませんし、人と人との出会いによる摩擦のない人間関係は、存在しません。
条理の世界は、映画や物語の世界にしか存在せず、実際は不条理の世界に私たちは生かされています。いくらこうなって欲しいと思っても、そう上手くはいきません。いつ人に裏切られるかわかりませんし、突然の事故に遭うことや、突然の病に冒されることもある中で生かされています。
理論では、片付けることのできない矛盾があり過ぎる世の中を生きている私たちは、その矛盾による不安を先回りして片付けようとしても、とても無駄なことです。
不安は、“ あるまま “にしながら、不安を消す為の言動は取らないことが、先決です。
注意力の法則がありまして、人は常に振り子のように動きながら、陰と陽(オモテとウラ)の両面を見ながら、行動しておりますが、ひとたび、矛盾のぬかるみにハマり不安に陥りますと振り子が止まり、一方だけしか見えなくなり、もう片方が不鮮明になってしまうのです。
気持ちの部分では、冷静に客観視しているつもりでも、実は一方しか見えておらず、誇大心配妄想が生まれてしまい・・益々、不安の連鎖が生まれてしまい心が不安という魔物に拘束されてしまうのです。
ジタバタしない、不安は消そうとしない・・。そのままにしておく。自分自身にむけている意識を人に向けて、人の為に動いていくと、突然、振り子が動き出し、直感的に解決策が心の中に降り注ぐこともあるのです。
理論を積立てて、不快な不安を消そうとするよりも・・人の為に動く中、無意識の時に直感的な解決策が突然、降り注ぐことを待つ方が、より、近道の生きやすい生き方に繋がってくるようです。
皆様、「不条理」です。不公平、不平等な世界を生かされていることをまずは、受け入れて、前に進んでみられては・・と思います。。