名残惜しいシーを出てから30分。

嵩人さんが滑らかに運転している横で、うつらうつらと睡魔が襲ってくる。

早起きしたもんね、と言えば確かにそうだが、自分だけが早起きしたわけじゃなく、運転している嵩人さんの方が日頃から比べるとありえないくらい早起きをしたわけで、しかも運転までしているわけで、疲れの差は半端じゃないと思う。


なのに、横を向けば嵩人さんはかなりの余裕の表情でハンドルを握っていた。


「颯樹、眠いのなら寝ても良いぞ。着いたら起こすから」

「うん…でもだいじょぶ。嵩人さん運転してんのに寝れない。悪いもん」

「気にするな。鼬比川も猪沢も寝てるだろ?」


後部座席を振り向くと、確かに熟睡している二人がいる。特にしんちゃんは豪華によだれまで出して寝ていた。


「しんちゃんすごいアホ面…すごい疲れたのかな」

「さぁ。二人して気、張ってたんじゃなか?」

「初デートだから?」

「かもな」

「俺も嵩人さんとデートだもんね」

「楽しかったか?」

「うんっかなりっ!!だって嵩人さんと出かけたのも久し振りだったし、ずっと一緒にいられたし、ご飯おいしかったし、すごい楽しかった」

「それはよかった」


そう言って笑う嵩人さんの顔がかっこよくて、毎日見ててもどれだけ見てても飽きることなく、いつも見惚れる。


「今度、テスト終わって…夏休み入ったら…遊ぼうね」

「あぁ」

「母さんも…――――嵩人さん…に会いたいって言ってた」

「それじゃお盆前に挨拶に行かないとな」

「うん…あとね、嵩人さん、りっちゃんの実家…遊びに…ふあ…行こう」

「九州か?」

「…鹿児島…しんちゃんちも近…所」

「そうか。ならまた後から8月の予定立てようぜ」


もっともっと。まだ話していたいんだけど、眠気にどうしたって勝てなく、嵩人さんの声がどこか遠くに聞こえてきていた。半分夢の中というふわふわした感じに、もう無理かもと諦め状態。


赤信号で止まったとき、嵩人さんが『おやすみ』と頭をぽんぽんと撫でるその感覚で完全に意識が飛んだ。


俺の、長いような短い一日はこうして終わった。





そうして次、目覚めたときは嵩人さんのベッドの中で、朝を迎えていた。


…よくねた…?


時計は午前7時を指している。

もそもそと起き上がり、お風呂を使ってみたが嵩人さんは深い眠りの底についてたらしく起きる気配はなかったので、そのまま着替え、朝ごはんを食べるべくそっと部屋を抜け出した。嵩人さんは基本、朝食は食べない派なので無理に起こすのも悪いなぁと。食べ終わったらまた戻ってこよう。きっとまだ寝てるし…そう思って何の躊躇いもなくドアを開けた瞬間、廊下でばったり出会う生徒会長兼総寮長…――――兎束湧一。



悪夢か。


「狐賀、お前、俺にお土産ないのか?」

「誰がお前に買ってくるかーばーかっ!!!」



幸せな夢は、昨日できっぱりはっきり消えたみたいだった。










「颯樹」

「………」

「――――颯樹、口開いてる」

「あ、や、え…ごめっ、びっくりして…でもなっんかすごかったーっ!!水きれーっ!!!水の精きれーっ!!」

「まぁ確かにすごい演出だったな」

「水キレイー!!水ーっ!!青がキラキラ!!」

「…わかったから」

「でも僕、火の方が好きですっ。かっこよかったよね、しんちゃん!」

「……煙がすごかった…」

「――――しんちゃん…」

「さすがにその意見はないだろう、猪沢…」

「もーっ!!ダメじゃんっ、しんちゃんっ!!もっと感動しようよっ!!嵩人さんも飽きずに見てたのにっ!!!」

「す、すまん…」

「嵩人さんが飽きないで最後まで見るってことはすごい貴重なんだよっ。俺、すごい感動したのにしんちゃんはっ!!」

「ほ、ほんとにすまんっ」

「じゃ、これ罰ね」

「罰?」

「ポップコーン。あげる…というか食べて」

「食べないのか?」

「…すごい微妙だった…ブラックペッパー味」

「――――お前…」

「颯樹…(まだ持ってたのか)」






「あー…とうとう終わっちゃったねー楽しかったのにーまだ帰りたくないよー…来週からテストだーっ期末だっ!!」

「…リアルに現実ですね…」

「颯樹、帰りたくないならどっか泊まっていくか?」

「えっ!!マジでっ!!あ――――ううう…でも…かえる。べんきょうしないと…あーっ!!英語一日目だっ!!」

「そういや狐賀って中間、英語赤点だったんだろ?」

「何でしんちゃんがそんなこと知ってんの!?」

「や、お前、自分で言ってたじゃないか。食堂で」

「はい。僕も聞きました。きっとみんな知ってると思いますよ」

「た……たかとさん…俺、そんなこと言ってた?」

「言ってた。」

「おおお……すご恥ずかしい…」

「確実に今回50点以上取らないと、年平均赤脱出出来ないぞ狐賀」

「たかとさん…嵩人さんっ、どうしたら英語、点数上がる!?」

「勉強、あるのみ?」

「えー…」



***



「りっちゃんりっちゃん、どうやって帰るの?よかったら一緒に帰ろう?嵩人さんの車、4人乗りだし!!」

「いいんですか?」

「うん。あ、でもどっか寄ってくとことかあるなら無理にとは言わないけど…」

「いいえっ!!すごい助かりますっ。ホントは森野の駅から寮までのバスがあるうちに帰ろうって思ってたんですけど、何だかんだしてるうちにちょっと無謀な時間になってしまって。しんちゃんとどうしようって言ってたんです」

「そっか!じゃ、一緒に帰ろうねー」

「はいっ」

「嵩人さんっ嵩人さんっ!!りっちゃんとしんちゃん、一緒に帰るってーっ!!」

「わかった」

「でね、風船買っていい?」

「いいぜ」

「嵩人さん、ミニーね」

「はいはい。颯樹はミッキーか?」

「うんっ。あとおみやげも買う」

「誰に?」

「俺に」

「…スティッチ、だっけ」

「そう!!」

「猪沢、お前ら何か買わないのか?」

「いや特には」

「そうか。じゃ、先に駐車場に行ってろよ」

「分かった」







「――――ハリウッドといいコレといい、何でこうも火と水は人気なんだ…」

「嵩人さんっみてっ!!なんで水の中に火あるのに消えないの!?」

「………」

「すごいっ!!かっこいいーっ!!!」

「………」

「古代文明みたーいっ!!かっこいーっ!!!」

「………」

「嵩人さん、写メ撮って撮って!!てか俺、撮るっ!!ケータイケータイっ…あっ、ケータイ忘れてきたっ!!!嵩人さんっ、ケータイかしてーっ!!」

「………」





「颯樹、喉渇かないか?」

「渇いたー」

「ちょっと買ってくるわ」


***


「ほら、颯樹」

「ありがとーっ!…ってなにこれ」

「マンゴードリンク・グレープゼリーとタピオカ入り」

「うっわ!すごいおいしそうーっ、タピオカー。…(ずずず)…もちもちしててうまーい…(ずずず)…ゼリーうまーいーっさわやかーって感じ」

「それはよかった。颯樹が好きそうだと思って(この微妙な配色が特に)」

「嵩人さんも飲む?てか食べるタピオカ??」

「一口、だけな」

「はいどうぞ」

「そういや颯樹」

「ん?」

「位置的に…アレはシンデレラ城か?」

「シンデレラ城…?ってランドの??えっホントにっっ!!?」

「ホントに。尖端、見えてるだろ」

「わー…ホントだー…すごー…シーとランドが一体化って感じ。りっちゃんに教えたいーっ!!」

「アイツら探して合流するか。猪沢限界かもな」

「…もちょっとだけ嵩人さんといたいー」

「じゃ、も少しだけな」

「うん」



***



颯樹が『夜ご飯、スパゲッティーが食べたいー。麺!麺食べるっ!!今食べよう』と言うものだから、颯樹の意向を汲み夕食をとる事にした。あれだけ食べてまだ夜ご飯を食べようとする颯樹の食欲に感心しつつ、『嵩人さん、ここいこっ!!ここっ!!』そう言って適当に決めたレストランに入る。


そこのオススメがパスタよりピザということを聞き、


『じゃあ、俺。ピザ食べる!!チーズたっぷりでおねがいします』


何気に注文が変わっていたりする。


――――麺じゃなくていいのか…


颯樹といると、どうしたって楽しくてしょうがない。



***




「あ、りっちゃん発見ーっ!」

「狐賀先輩」

「よかったー見つからなかったらどうしようかと思った。もうすぐ暗くなるじゃん。ショー、一緒に見ようっ、ブラヴィッシーモ!」

「はいっ。」

「しんちゃんは?」

「あ。そこでご飯買ってます」

「へぇ。じゃあずっと一緒にいたんだ、よかったねー。しんちゃん、優しかった?」

「はい、なんか、ちょっと…ちっちゃい頃、思い出しました」

「おおお…(頑張ったしんちゃん!!)」

「あの…狼崎先輩は?」

「嵩人さん?胃薬貰ってくるって。普段、あんまし食べないのに、今日、ちょっと食べ過ぎたみたい」

「大変ですね」

「うん。嵩人さん、大丈夫かな…」








マジックランプシアターの、何気に異様にテンションの高いシャバーンを嵩人さんは『――――そこらへんの若手芸人顔負けだな…』とかなり引き気味で感想をもらしたあと、食事を終えたしんちゃんとりっちゃんと合流してポートディスカバリーに向かって歩き出した。


雨は既に止み掛け、霧雨になっている。


俺は折りたたみの傘をとじつつ、嵩人さんの腕を引っ張った。


「嵩人さん…ちょっと足いたい…」

「大丈夫か?」

「うん…少し休んでいい?」

「あぁ。猪沢、鼬比川、お前ら先に行ってろよ。颯樹を少し休ませるから」

「分かった」

「後で合流しよう。猪沢――――頑張れよ」

「……狼崎」



***




「…って言っても大丈夫かなぁしんちゃん」

「大丈夫じゃなくても頑張るしかないだろ」

「うーん…ね、嵩人さん。幼馴染から恋愛って発展するのかなぁ…」

「一概にないとは言い切れないが…アイツらの場合、かなり微妙だな」

「微妙…しんちゃんにはホント、頑張ってもらわないとっ!!だってりっちゃん健気だもんっ!!」

「だから一芝居うったんじゃないのか?」

「うんっ。あ、それもあるけど嵩人さんと二人っきりになりたかったからってのもあるよ」

「可愛いな」

「へへ」




「山の内側ってこういう風になってたんだな」

「…なんて山だっけ?ぴ…?」

「プロメテウス。颯樹、無理して覚えなくていいぜ?」

「なんかわかんないけど覚えたい。ぷろめてうすぷろめてうす…」




「――――颯樹、また食べるのか…?」

「うん、うきわまんー。うきわの形してるんだよ、すごい可愛くない?」

「かわいい…?あまり食べ過ぎると、夜、食べられなくなるぞ」

「大丈夫。俺の胃、頑丈ー」

「…食べたい店、決めとけよ」

「おう!あ、嵩人さん、一口あげるね」

「どうも」

「俺も食べる…(もしょもしょ)…なんか…味、薄い?」

「そうだな」

「……口の中、かわく…」

「飲み物、買ってきてやるよ」

「わーいっありがとうっ」





「気象コントロールセンターだって」

「へぇ…にしても人が少ないな。人気ないのか?」

「大きいアトラクションだから人気ないわけはないと思うけど…時間帯の所為、なのかな?」

「行くか」

「うんっ、あ、でもこれ乗ったら休んでいい?マジで足いたくなってきた」

「いいぜ。どっか店入るか」

「あまいもの食べれる店がいい!」

「わかったわかった。颯樹、マップ」

「はいっ。あと近いところがいい!!」

「はいはい」







『心のコンパスに従って』





「嵩人さん、シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジ…ってシンドバッドの冒険?」
「そうだろうな」

「俺、シンドバッドって知らないんだけど…嵩人さん知ってる?」

「まさか」

「りっちゃんは?」

「僕は小学校のとき、読みました。しんちゃんも読んだよね?」

「あ、あぁ。――――全く覚えてないが…」

「ダメじゃん!!」

「読んでない狐賀に言われたくないぞっ!!」

「だって活字嫌いなんだもんっ!!」

「堂々と言うな!!」

「嵩人さんだって読んでないのにっ」

「狼崎は―――…何か読んでなくても納得出来る」

「うっわ!!贔屓だっ!!」






「また…雨降ってきた…」
「今日は降ったりやんだりだな。中に入るのにもう少し時間が掛かるみたいだし、傘、差すか」

「うんっ出てくるときに上がってればいいね」

「そうだな。そういえばアイツらは?」

「ご飯食べてるってカレーのとこ行ったよ」

「今まで食べてなかったのか?もう3時だぜ?」

「みたい。お腹空かなかったのかなぁ、りっちゃんとしんちゃん」







「ちょっと座ろうぜ」

「えー、嵩人さん、さっき休んだばっかじゃん!!」
「まぁまぁのんびり行こうぜ」

「いいけど…嵩人さんって体力無いわけでもないのがすっごい不思議ー」

「夜の奉仕とか?」

「とか!!」

「それはそれは」

「あ、嵩人さん、みずあっちに売ってる!!飲む?」

「あぁ」

「じゃあ、俺買ってくる!!」

***

「おまたせ★」

「―――颯樹、お前…水だけ買ってくるんじゃなかったのか…?何だ、その付属物は…」

「だって偶然出会ったもん!びっくり!!ね、りっちゃん」

「はい!すごい偶然ですっ!」

「…と、猪沢か」

「…よぉ」



「りっちゃん!すごいイルカに乗ってる!!」

「ホントですね!!」

「イルカすごいー…俺、すごい海好きなんだ!梅雨明けしたら絶対海行く!!りっちゃん一緒に行こ!!」

「はいっ!!」

「なぁ猪沢…」

「何も聞かずに俺ら一緒に行動してくれっ!!!」

「――――だと思った。お前、ちゃんと鼬比川をリード出来てんのかよ」

「……どうしたら理央の暴走を止められるんだろうか…狼崎…」

「お前なぁ…」

「嵩人さん嵩人さんっ!!今度りっちゃんと海行ってもいい!?」

「あぁ」

「嵩人さんも行こう!!」

「休みに入ったらな」



「すごいー中、涼しいー。嵩人さん、涼しいね」

「海底って設定じゃないのか。ほら、上見てみろ」

「おおお!!すごーいっ」

「細かいよなマジで」

「さっすがディズニー。嵩人さん、あれ乗ろっ。なんかまわってるやつ!!さかなのやつ!!」

「いいぜ。――――鼬比川」

「はいっ!」

「猪沢連れて来い」

「はいっ!…ってあれ?しんちゃんは?」

「あっちに座ってる」

「ありがとうございますっ!!もー。しんちゃんーっ!!休まないーっ!!」

「嵩人さん、優しいね」

「お前もな」

「俺たち愛のキューピット?」



「颯樹、足元滑りやすいから気を付けろよ」

「うん」

「手、出せ。繋いでやるから」

「わーい!!」

ズルっ。

「おおお!!」

「しんちゃんっ!!大丈夫!!?」

「――――猪沢…」

「しんちゃんダサい…」

***

「ね、りっちゃん」

「はい?」

「何でしんちゃんと手、繋がないの?さっきもそうだけど、いろいろ大変じゃん(しんちゃんが)」

「…繋ぐとかそんな出来ないです…。僕は繋ぎたいけどしんちゃんが…」

「えー」

***

「猪沢…お前、鼬比川に面倒見てもらってどうするよ」

「――――面目ない…」

「デートだろ?しっかりしろ」

「ででで…っ!?ま、まさかっ!!!?理央がっ理央が外出しようっと…っまさかこことは思いもっ!!!」

「鼬比川はその気でいるんじゃないのか?」

「……」

「せめて手ぐらい握ってやれよ」

「……俺たちはそんな…」

大好きな幼馴染と連絡が取れなくなって1年。原因は幼馴染の進学。


遠く離れた東京の全寮制の学校に入学した所為で、長期休暇以外地元に戻ってくることはなく、加えていつ掛けても携帯は留守電で、頭を過ぎるのは。


もしかして…嫌われた…?


そのことだけ。


『ばーか、理央が泣くことないだろ。ただ単にアイツが学校に馴染めないだけだって。ほら、めっちゃ不器用じゃん、慎之介って』


ははは、だっせぇーおとこー。

と豪快に笑う双子の兄に対して、どうしてこう同じ顔をして…と切なくなる。


『――――それはいいすぎだよ理久…』


ホントに。

幼馴染に向かってその言いようはないように思うけど…そこはやっぱ幼馴染だから言えるのかな。

だけどそんなこと言うのは理久ぐらいだと思ってたのに…


「え、だってしんちゃんってすっごいヘタレだよー。ね、嵩人さん?」


学校の先輩にも言われてしまった。

どういった経緯でその話になったのか忘れたけど、寮の談話室で寛いでいるときに当たり前のように言われ、本気で落ち込む僕。


「あ、ご、ごめんりっちゃんっ、べつに俺、しんちゃんがダメとか言ってないよっ。しんちゃんだって頑張ってるし!!」

「………」

「部長だしっ!!空手、イマイチわかんないけど、かっこいいと思うっ!!!だけどなんか、どっかビミョウっていうか…だってこの前、しんちゃん、お刺身にソースかけてたしっ!!」

「………」

「えええ!まさかって思うじゃんっ。でも俺、もしかしたらしんちゃんってそっち派なのかなって思って黙ってみてたんだけど、口に入れた瞬間咽るしっ。ついでに俺のお味噌汁、零すしっ!!テーブルの上、散々!!」

「………」


二人で食べてたから、すごい大変だったんだよ!そう、笑いながら言う先輩に本当に泣きそうになった。

見かねた狼崎先輩がフォローに回ってくれて…


「――――颯樹」

「なに!?」

「お口、といえば?」

「チャック!!」

「なら、ちょっとは黙ってような」

「うんっ!え、何で?」

「何でも」

「わかった」

「よし、いい子」

「へへ」


狼崎先輩は何に対してもスマートで格好いいと思う。

見た目も何もかも…


――――しんちゃんとは大違い



大違いなんだよね。

でもしんちゃんは優しくて、あったかくて…僕の大好きな幼馴染で。


確かに狼崎先輩はすごい格好いいかもしんないけど、でも僕の一番はやっぱしんちゃんだっ。



「狼崎先輩っ!!」

「ん?」


「どうしたらしんちゃん、男らしくなりますかっ!!!」







狼崎先輩に相談してから一ヶ月。

梅雨も真っ只中にようやくしんちゃんからオッケーをもぎ取った。



『そう、だな。もう少し人間に慣らせば?アイツ、人込みかなり苦手だろ。だから何かあっても少しのことで動揺して、上手く対処できないんだよ』



今日はしんちゃんとお出掛けだ!!




生徒会長という立場と、また3寮を束ねる総寮長という立場を兼務しはじめた春から、気付けば休みの日はゆっくりと寝むれた例は無い。


「湧一、ちょっと」


試験休みに突入した初日。何故か俺は副会長の声で目覚めた。校内でも類稀なる美貌の持ち主で慕うファンは多かれど、本性を知っている所為か、俺は絶対に惹かれることはないと言い切れる。


ま…そもそもタイプの顔ではないのだが。


「…彩世…お前、鍵…どうした」

「ん?この部屋の?もちろん、狼崎からもらったけど」


悪びれもなく言い放つ副会長に溜息をつくも、怒る気はなかった。コイツにプライバシーを語っても『それで?』と笑顔で流されて終わるのは明らかなので。


「で、湧一。そんなに悠長に寝てる暇ないから早く起きて」


そんな細腕でどこからそんな力が!?と思うくらいに乱暴に揺さぶられ、嫌々起き上がる。


「――――…なに、どうした…また問題か?」

「そう。雪寮で問題」

「雪…向こう側かよ…」


花寮5階に住んでいるものとしてみれば、雪寮は連絡通路を兼ねた月寮を越えたその向こう側にあるため、半端なく遠く、わざわざ好んで尋ねようとは思わない。一部、例外はいるが。


「文句言わない。野球部員が素振り中、手が滑りガラス2枚破損。その破片で2名怪我」

「怪我って…――――うわ…マジか…」

「マジマジ。だから早く起きて」

「はいはいはいはい…」


怪我した生徒とガラスを割った生徒と、その両方から事情を聞いて、野球部部長も呼び出して…加えて先生に対して報告書も提出して…


そんな一連の作業が頭を過ぎり、思いっきり溜息が漏れた。


パジャマから私服に着替え、彩世を伴って雪寮に向かう途中、りっちゃんとすれ違った。

りっちゃん…狐賀が可愛がっている後輩、鼬比川理央。りっちゃんりっちゃんと言っているので俺もりっちゃんと呼ぶようになったのだが、本人は俺に呼ばれることに抵抗があるようだ。


『だって仕方ないじゃん!兎束だもんっ!!』


と何気に狐賀に言われたが、何がどうして俺だから仕方ないのだろうか。

狐賀の言い分は本当に可愛い。


「おはよう、りっちゃん」

「あ、お、おはようございます会長っ、あ、副会長もおはようございますっ」

「おはよう鼬比川くん。君も早起きなんだね」

「はいっ、今日はしんちゃんとお出掛けするんです」


彩世も笑顔を作り、りっちゃんの挨拶に応える。

君も、と彩世はいうが俺は別に早起きでも何でもなく叩き起こされたわけで、その差は大きいと思うが、叩き起こした本人は全くその自覚はない。何せ――――彩世は年寄り並に早起きだ。


「猪沢と?」

「へぇ、りっちゃん、猪沢と出掛けるんだ。デート?」

「えっあ。や、そう…だといいなって思ってます…けど…でもなんか…しんちゃん…は…」

「大丈夫だって猪沢もああ見えて結構りっちゃんのこと好きだよ。な、彩世」

「そうだね」

「2年間一緒に生活してきた俺らが言うんだから間違いないさ。頑張れりっちゃん!」

「はいっ!!ありがとうございますっ!!!」


小柄な身体を90度折り曲げてお辞儀をし、走り去っていく後輩の姿を俺は楽しげに眺めた。

りっちゃんの積極的アプローチは森野の中でもかなり有名で、その対象とされている猪沢慎之介は困惑するほかなく、大きな身体で動揺する姿は見ていて面白い。


この二人のやり取りは、楽しいことが大好きな森野の生徒の、春からの娯楽要素になっていた。


「そういえば、湧一。狼崎と狐賀くんも今日、デートじゃなかった?」

「――――まぁな」

「シーに行くんだっけ。定番のデートスポット、ディズニーシー。狐賀くん、昨日から嬉しそうだったよね」

「……うるさいくらいにな」


思い出しただけでも腹立たしく感じるのは、きっと…親友に対するジェラシーの所為。

親友の恋人を好きになったのではなく、一目惚れした相手がいつの間にか親友と付き合っていたこの現実。


「まぁまぁ。湧一、シーに行きたいのなら、僕が付き合うよ?」


「あー…それはどうもありがとう。軽く断ってもいい?」












「ディズニーって何でもありだな…」

「なにがー?」
「いや、まさかこういったテーマパークにコースター系乗り物があるとは思わなかったぜ」

「嵩人さん苦手なの?」

「今までにこういったものを自発的に乗ろうと思わなかっただけで、別に苦手じゃないな。兎束は意外と苦手みたいだけど」

「マジで!?」

「髪の毛が乱れるとかで」

「――――…うわ…うっわ!!何ソレっ!!何だっアイツ!!てか何で嵩人さんそんなこと知ってんのっ!?兎束とどっか行ったのっ!!?」

「行くわけないだろ、アイツとなんて。頼まれても嫌だぜ?」

「だって嵩人さんと兎束が仲いいのがすごいムカツクもん!!俺の知らない間にもしかしたらっ!!って思うじゃんっ!!」

「…それは絶対無いから安心しろ」


何故か疲れた顔をした嵩人さんは苦笑しながら頭を撫ぜてくれた。

そんなに変なこと、俺、言ったかな…?






「とうとう来たよーっ!タワーオブ…テラー?」
「疑問系で言うな」

「テラーって何?」

「TOWER of TERROR …そのままの意味じゃないのか?恐怖の塔」

「へぇ!すごいインディとは違った意味でドキドキする!!」

「それにしても雨、止んだな」

「俺、晴れ男だもん」

「そうか」

「嵩人さん、カッパありがとう!」

「どういたしまして」






……




「め、めちゃくちゃこわかった…泣きそうおれ…」

「大丈夫か?」

「心臓どきどきゆってる――――ほら」

「確かに速いな。少し、休むか」

「うん…でもこのスティッチ欲しい…」

「…帰るとき買ってやるから」





「汽車乗るの?」
「食後に歩くのはかったるい」

「俺、歩いてもいいのに」

「俺が乗りたいんだけど、颯樹は嫌か?」

「ううん。嵩人さんが乗りたいなら、俺も乗るっ!!」

「いい子だな」




「――――颯樹、お前何買ったんだ?」

「ポップコーン!!しかもブラックペッパー味」

「…さっき昼、食ったばかりだろ。しかも…ブラックペッパーってお前…」

「嵩人さんも食べる?なんか…うまいのかわかんないけど」

「……(不味いのか)」

「嵩人さん半分あげる」

「颯樹、おやつまでとっとけ」

「えー…嵩人さんはんぶんあげるーっ」





「先頭だっ一番前ー!!」

「俺ら含め4人しかいないからな。好きなところに乗り放題だ」

「嵩人さん、足、楽?」

「あぁ楽だぜ」

「俺も楽ーっ!今度、どこ行く?」

「どこでも。颯樹はどこ行きたい?」

「俺ー?んー…どこだろ…」


がさがさ


「ここ行ってないかも…マーメイドラグーンってとこ」

「マーメイド…か、そこ行くか」

「何あるんだろ」

「行ってみれば分かるさ」






「嵩人さん、買ってきたー。パン!!」


「…口の中が渇きそうな選択だな」

「えーでもすごいうまい。嵩人さん、クロワッサン食べる?はんぶんこ!」

「颯樹、パンくずついてる。ここ」
「わ、ありがとう」

「ね、嵩人さん、どこいく!?」

地図を広げつつ、パンを頬張る。

「どこでも。颯樹が行きたいところに」

「うーん…うー…ん、あ、じゃあ!じゃあ!一番奥行こっ!後ろから攻めよう、嵩人さんっ。インディ乗ろう!」

「後ろから、か。歩いていくのも微妙だな。颯樹、ちょっと地図貸せ」

「はいっ」



「船だっ。嵩人さん、すごーいっ、楽ちんー★」
「はしゃぐのはいいが、レインコートは脱いだらどうだ?暑くないか?」

「ううん大丈夫」





「あっさっきの山!なんとか山…なんとか…なんだっけ?」

「プロメテウス」

「そう!プロメテウスー!わ、下にいっぱいなんかあるよ」

「確かに何かあるな」

「すごいっ俺、あっちも行きたいっ!!ね、嵩人さん、あっちも行こう!!」

「わかったわかった。でも後からだろ。今はインディ」

「うんっ早く着かないかなー」







『はーい、パコでーすっ』



「…嵩人さん、パコさんだって」

「陽気な外人だな」

「てか雰囲気暗くて、なんかこわい…すごいどきどきする」

「手、繋ぐか?」

「うんっ」