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key-nagiさんのブログ

小説を書いてます。主にblog活動はこちらで行っているのでよかったら見に来てください><

http://dclog.jp/key_nagi/


「じゃあさ、君は、私のためならさ、死んでも……いいんだよね?」

僕の聞き間違いかもしれない。できることならそうであってほしい。でも確かに彼女はそう言った。

「ど、どう……いうこと?」

僕はわけがわからなくなって彼女に尋ねる。すると彼女はいつものように、くすっと微笑みながらこう言った。

「嘘だよ」

「え?」

「死んでなんて嘘だよ」

「へ? そ、そうだったの!? なんだぁ、僕本気かと思ってびっくりしちゃったよ!」

「えへへ、ゴメンね」

「ううん、大丈夫」

よかった。よく考えてみれば彼女が本気でそんなことを言うはずもなかったんだ。

「ねぇ」

「何?」

「ほんとに私とずっと一緒にいてくれるんだよね?」

「うん、一緒にいるよ」

「約束してくれる?」

「うん、約束する」

「じゃあ……」

何がおこったのかわからなかった。『ちゅ』っという音が聞こえて、ほっぺたに柔らかいものが触れた感触がして、それが彼女の唇だと気づいたのはずいぶん時間がたってからだった。

「え、えぇっ!?」

僕は思わず混乱して取り乱す。

「な、何するの!?」

「約束の叶うおまじない」

そう言って彼女はまたくすくすと笑った。僕は顔を真っ赤にさせてうつむく。恥ずかしさで、彼女の顔を直視することができなかった。

「大好きだよ」

彼女が魔法のような言葉を僕に投げかける。甘くて、切なくて、愛しい感情が心の中を渦巻く。そして気がつけば、さっきまでの恥ずかしさなんて全部消え去っていて

「僕もだよ」

そう言い返していた。

胸が幸せな気持ちでいっぱいになる。彼女さえいれば生きていける、本当にそう思えた。


辺りを見回すともうすぐ日が暮れる時間になっていた。茜色に染まった空がとっても綺麗だった。

「僕、そろそろ帰らなくちゃ」

「うん、そうだね」

「じゃあ、また遊びにくるから」

「うん、待ってる。ずっと、ずっと待ってる」

「それじゃ、またね」

「うん、バイバイ」

いつものように大声で叫び、大きく手を振りながら彼女と別れた。

彼女にキスされたほっぺたが熱い。まだ胸の高鳴りがやまない。

ドキドキを抑え切れないまま走りながら帰った。彼女の一挙手一投足で僕の気持ちは大きく揺れ動いた。

そのせいなのか、僕の注意は散漫になり、周りに目を向けることができなくなっていた。

気がつけば僕はあの公園にいた。小高い丘の上にひっそりと存在している、いつも彼女と一緒に遊んでいた公園。

どうやってここまでやってきたのかは覚えていない。自分でここに来たというよりは、足が勝手に動いて自分をここに連れてきたと言ったほうが正しいと思う。

いつもなら寄り道をすることなんかなかったけど、この日は違った。自分の意思ではなく、誰かに後押しされるように、公園の方向に歩みを進める。

古びた遊具、乱雑に生えている雑草、周りを取り囲む雑木林。そして崖。町を南北に横切る道路に沿って作られた公園だから、東西側は舗装されてなくて山肌は剥き出しになっている。


「……メ、ダメだよ………」

僕がその崖に近づくと、声が聞こえた。彼女の声に似ている。でも、違う。この声からは、もっと……もっと懐かしい何かを感じる。

そして、そこには小さな女の子が立っていた。彼女にそっくりな、けどどこか違う。

でも、確かに僕はこの子を見たことがある。


「ダメ、来ちゃダメ……」

ダメって、なんで? 目の前にいる少女に問い返す。

「ダメなの……来ないで!」

でも、足が勝手に動くんだ。

「違う、それはあなたの意思じゃない」

そんなこと言われてもこれは僕の意思だ。僕が進みたいから進んでる。

「……お願い」

そこで彼女の様子が変わった。夜空を見上げて、呟くようにこう尋ねてくる。その顔はとても悲しそうで、でも優しく、笑っていた。


「……ねぇ、夜になるとお星様やお月様が空に出てくるよね。何でか知ってる?」

僕はその答えを知ってる?

「うん、知ってるよ」

それは……それは、僕たちの代わりに……

「お願い、思い出して」

…………夜には会えない僕たちの代わりに、遊んでくれてるから……


そう言いかけた途端、僕の足は棒のように動かなくなり息ができなくなった。

そして違う声が聞こえる

「……やめなさい」

低く頭の中に響く声。彼女の声だ。何で? 何が起こってるんだ?

目の前にいる彼女にそっくりな女の子。そして、さっきまでお花畑で遊んでた女の子。

どちらも同じ顔、同じ声だ。

でも違う。そこで気づいた。

僕は二人とも知っている。

今、目の前にいる女の子は、この公園で出会って、そしてここで一緒に遊んでいた子。

そして頭の中に声を響かせる彼女は、お花畑で遊んでた、最近様子がおかしかった彼女だ。

わけがわからない。今まで一人だと思ってた女の子が二人も居たのだ。

つまり、僕が公園で遊んでた女の子と、お花畑で遊んでた女の子は違う人ってことなの?


でも何で、どうして。


「もうやめて、心音姉さん」

公園の女の子が口を開いた。お花畑の女の子は心音(しおん)という名前らしい。

「……黄泉」

今度はその心音。公園の女の子の名前は黄泉(よみ)。どうやら二人は双子の姉妹みたいだ。


「どうして姉さんはこんなことをするの? この子は何にも関係ないんだよ?」

「……あなたは何もわかってない」

何を話してるんだ? 僕に何をしようとしているんだろう。

「それに、あの時の恨み、あなただって忘れたわけじゃないでしょ……」

「……っ、それは…………でもっ!」

「……聞き分けの悪い子ね」

一筋の風がひゅーっと目の前を走り抜ける。その勢いに思わず僕は目を閉じる。そして目を開けた瞬間、そこにはお花畑の女の子、つまり心音がいた。

見た目は子供のままなのにやけに口調が大人びている。

そしてその出現と引き換えに、黄泉の姿はそこから消えていた。その存在を感じられるのは頭の中に響く声だけ。さっきまでの心音と立場が全く入れ代わっていた。

「ねぇ」

心音が話しかけてきた。

「……なに?」

「さっき、約束したよね」

さっき……そう、僕は彼女と、心音と確かに約束した。ずっと、一緒にいると。

「……うん、した」

「私たちとあなたでは住む世界が違うの。それはもうわかってる?」

もちろんわかってる。そうじゃないとこんな不思議なことがおこるはずがない。

「だからね、約束を守るためにはあなたもこっちの世界に来ないといけないの」

「……どうすればいいの」

頭の中から

「聞いちゃダメ!」

と言う黄泉の声が聞こえる。でも僕の心と体は、まるで操られているかのように心音の言葉しか聞いてない。

彼女は不敵な笑みを浮かべている。幼いのにどこか妖艶なその表情に引き付けられるように僕は歩みを進める。

あとになって考えれば、このままいけば崖から落ちてしまうことは一目瞭然だった。

でもこの時の僕にはそんな余裕はなかった。理性で判断する前に本能的に体が動いていたからだ。

「そう、あと少し」

「ダメ! もう……やめてっ」

二人の声が頭の中を行き交う。もうどっちがどっちの声なのかもわからない。今の僕は、ただ、足を1歩でも前へ運ぶことだけに集中している。崖まであと数歩。

「姉さん、やめて……」

「……黄泉、仕方のないことなのよ」


そして次の瞬間。僕の世界は一気に反転した。体が重力に逆らうことなく引き寄せられる。

落ちるというよりも、体が浮遊するような感覚だった。

ここから落ちれば間違いなく死んでしまうであろう高さ。それなのに僕の心は、月夜の湖の水面のように落ち着いていた。

心拍数はいつものままで、ドクドクと一定のリズムを刻んでいる。一瞬で終わるはずのその瞬間が永遠にも感じられた。


ふと頭の中を駆け巡る光景。彼女と、黄泉と初めてこの公園で出会った日、そして彼女と、心音と初めてお花畑に行った日。
本当に楽しかった。ずっとこのままでいられたら、どれだけ幸せだろうかと思った。

二人と遊んだ毎日は、こんなことになった今でも大切な思い出のままなんだ。

彼女達のために約束を守り、例え死んだとしても、ずっと一緒にいられるならそれもいい。そう思った。

だから僕は崖の上を見上げた。そして、心音の顔を見て微笑み、こう言った。

「大好きだよ」

僕が最後に見た光景、それは顔を歪めて恨めしそうにこちらをにらむ心音の顔。そしてその顔が涙に滲む瞬間だった。


黄泉の声が頭に響く。でも、もう何て言ってるのかさえもわからない。僕の意識はそこで途絶えた。




出会いは2年前の冬。7畳半ほどの部屋の片隅にある机の上に置かれた1台のパソコン。

うぃーんという起動音をたてながらまばゆい光を放つその四角い箱は、僕に1つの出会いをくれた。



とあるチャットルームにて



-風樹さんが入室しました。




-蛍雪さんが入室しました。



蛍雪
「こんばんはー、どなたかいませんか?」

風樹
『こんばんはー』

「風樹(ふうじゅ)さん?ですね、よろしくです」

『こちらこそよろしくです、蛍雪(けいせつ)さん』

「あ、ちなみに僕は中学2年の男です』」

『ほんとですか!? 私も中学2年なんですよ(^O^)』

「うそ!? 中学生がこんな時間まで起きてていいんですかw」

『それはあなただって同じですよw』

「明日、学校は?」

『もちろんあります。……でも、私は行きません』

「え?」

『不登校、なんです』

「……」

『やだなぁ、しんみりしないで下さいよw』

「僕も」

『え?』

「実は僕も、不登校なんです」

『あ。えっと……』

「おそろい」

『え、』

「僕たち、おそろいですね」

『おそろい……ほんと、おそろいですねw』

「ここへはよく来るんですか?」

『えぇ、まぁ。週に3、4回は』

「僕もそんなもんです。よかったらまたお話しませんか?」

『よろこんで!』

「これからよろしくです、風樹さん^^」

『こちらこそです^^』

「あ、僕今日はそろそろ落ちます」

『私も。今度、いつお話できますか?』

「2日後の同じ時間はどうでしょうか?」

『わかりました><』

「では、また明日。お疲れ様でしたー」

『お疲れ様です。お休みなさい』


-風樹さんが退室しました。




-蛍雪さんが退室しました。



こうして僕は彼女と出会った。本当の名前も、声も、顔さえも知らない「風樹」というハンドルネームの女の子。


当時の僕は不登校児で学校に行くことなんかほとんどなかった。

1年のころは普通に学校に行ってたけど2年に上がった直後、あんな場所に通う意味がわからなくなって自宅に引きこもるようになった。

まわりに合わせてへらへら笑っているやつ、努力もせずに毎日遊んでるやつ、弱いものをいじめて楽しんでいるやつ、生徒の気持ちを考えない教師達。

そんな空間に自分が存在しているという事実を認めることができなかった。認められないなら、存在しなければいい。そうして僕は学校に行かなくなった。

勉強は家で自分でやれば大抵のことは何でもわかったし、わからないことがあればネットで調べればいいだけだった。

だからテストの日だけ、1つ目の科目が始まる直前に登校して、保健室でみんなにバレないようにこっそりとテストを受ける。そして最後のテストがおわるとそそくさと学校をあとにする。

独学でも常にトップ10の成績を保つことができた。その事実が僕に学校のくだらなさをより痛感させた。

親や先生は、僕の成績がいいから必要以上のことは何も言ってこなかった。

もともと私立中学だから行事も少なく、ただレベルの高い、俗に言うイイ高校に合格するためだけに通う、そんな学校だった。

友達は……いなかったわけでもない。いじめもなかった。

だけど、どうしても、あの空間になじむことだけはできなかった。

あんな能面みたいなやつらに囲まれていると思うと吐き気がする。だから僕は自宅にひきこもり不登校生活を始めた。

最初は多少の罪悪感や不安感もあった。自分は何で家にいるんだろう。他のみんなは学校で勉強してるのに。

まるで世界から、自分一人だけが取り残されている気持ちになった。時間が経つのが遅く感じる。眠れない夜が続き、体重も落ちてやせ細っていった。

毎日を怠惰に過ごしていくうちに最初に覚えた気持ちもどんどん薄れていった。

そして生活はネット漬けに。寝ても覚めてもキーボードをカタカタとひたすら叩いていた。

チャットで知らない人と話したら少しは気も紛れた。しかし、僕が不登校だということを話した途端、みんなは僕を相手にしなくなる。

キモい、カス、ゴミ。

そんな言葉を何回も浴びせられた。現実でも、ネット上でも居場所を失った僕に、安息できる所なんてもうなかった。


彼女と出会ったのはそんな時だった。


うれしかった。自分と同じ考えを持ち、自分の気持ちを理解してくれる人がいて。

そして何より、自分だけじゃないんだという安心感を得られた。同じ境遇を持つ人がいる。それだけで自分は一人じゃないんだと、連帯感のようなものを感じられた。

そしていつの日か彼女が僕の居場所になっていたんだ。




-風樹さんが入室しました。


-蛍雪さんが入室しました。



「こんばんはー」

『あ、蛍雪さん!ばんは^^』
「けほけほっ」

『どうしたんですか?』

「風邪ひいちゃって(;_;)」

『大変! チャットなんかしてないで寝ないと!』

「大丈夫ですよ、毎日ずっと寝てますしw」

『でも、』

「それに」

『?』

「風樹さんと話してたら元気になりますから(^O^)」

『ちょw やめてくださいよ///』




-風樹さんが退室しました。



-蛍雪さんが退室しました。







-風樹さんが入室しました。




-蛍雪さんが入室しました。



「今朝は寒かったですねー><」

『窓から外を見たら雪が降ってましたよ』

「えっ、ほんとに!? 北のほうに住んでるんですか?」

『えぇ、まぁ。生家は関東なんですけどね』

「いいなぁー、雪」

『蛍雪さんは……雪が好きなんですか? そういえば名前も蛍雪って雪が入ってますし』

「好き……うん、好きなのかな。雪の日にはちょっとした思い出がありますし」

『え、どんなどんな!? wktk!』

「…ひみつです(笑)」

『えぇー! そんなぁ~orz』

「サーセンwww」

『もうw いいもん! 私にだって雪の日の思い出くらいあるんだからっ』

「えぇ!? どんな?」

『ヒ・ミ・ツw』

「www」




-風樹さんが退室しました。


-蛍雪さんが退室しました。







-風樹さんが入室しました。


-蛍雪さんが入室しました。



「ちわーす」

『どうも(><)ノ』

「今日近くの公園の木に桜が咲いててとっても綺麗でしたよ」
『桜かぁ、もうそんな季節なんですね』

「半年、くらいですかね」

『何がですか?』

「風樹さんと初めて会ってから」

『もうそんなにですか、むしろまだそれだけしか経ってないんですねw』

「もう長年の親友みたいですよねw」

『じゃあもう、そろそろ敬語とかやめませんか?』

「そうですね^^」

『風樹って呼び捨てにしてください』

「りょうかいです。じゃあ僕のことも蛍雪で」

『はい』

「『はい』じゃなくて『うん』だよw」

『……うんw』





-風樹さんが退室しました。


-蛍雪さんが退室しました。






彼女は、真っ白だった僕のパレットに色とりどりの絵の具を広げ、そして世界を鮮やかなパステルカラーに描き変えていった。


彼女と出会ってからは、どんな些細な変化にでも心がはずみ、彼女にそれを報告するのが楽しみになっていた。

雨のあとの虹が綺麗だったとか、テレビ番組がおもしろかったとか、晩ご飯が美味しかったとか、近所の犬に吠えられたとか。

そして彼女も同じように、僕に色んな話をしてくれた。僕たちは毎日他愛もない話ばっかりしてた。でも、彼女と過ごす時間は、とても幸せで満ち足りたものだった。



そして彼女と出会って1年が過ぎ、僕たちは受験勉強を始めた。




-風樹さんが入室しました。


-蛍雪さんが入室しました。




「こんばんはー」

『こんばんは』

「勉強どう?」

『全然ダメだよぉ~(;_;)』

「がんばれww」

『うぐっ、頭いい人は余裕だなぁw』

「僕だって結構勉強してるんだからねw」

『(-.-;)』

「w」

『志望校きまったの?』

「うん、まぁね」

『どこ?』

「県外の私立高校。紗蔵(さくら)ってとこ」

『じゃあ私もそこにする!』

「えぇwww」

『決めた! 絶対そこにする』
「結構レベル高いよ?」

『大丈夫、頑張る!』

「そっか」

『うん……だからね』

「ん、」

『合格するまでもうここには来ない! 勉強する』

「ほんとに?」

『うん、私、本気だよ』

「そっか。風樹が本気なら僕は応援するよ!」

『ありがとう(^^)』

「じゃあ、合格発表の日の夜、いつもの時間、ここでまた会おう」

『わかった、そうしよ』

「またね(`・ω・´)」

『うん、バイバイ(・∀・)』




-風樹さんが退室しました。


-蛍雪さんが退室しました。






そして、合格発表の夜。


彼女は来なかった。何か理由があったのかもしれない。そう思って次の日も、その次の日も。毎日見に行ってみたけど結局彼女が来ることはなかった。

きっと、試験、ダメだったんだ。だから落ち込んでるんだろうな。それとも何か別の理由があったのかもしれない。いずれにせよ、僕にはどうすることもできなかった。

でもずっと会えないなんてことはない。だからずっと、ずっと僕はここに来つづける。

再び彼女に会えるまで。例えそれがいつになろうとも。


時は流れて4月、僕は晴れてこの私立紗蔵高校に入学する。今になっても彼女はまだ現れない。

今日は入学式だ。彼女と出会って僕は変われた。これから頑張ればいいんだ。そうここから、ゆっくり、一本ずつ。スタートをきるんだ。

新しい高校生活への期待、不安、希望を胸に、僕はその校門をくぐったのだった。



ついに祭当日。少なからず、俺の胸の鼓動もいつもより高ぶっていた。

空は晴れ渡り、空気は透明感で溢れていて、小川を流れる水は綺麗に透き通っている。気温も暑すぎず、比較的過ごしやすい1日になりそうだ。

啓太は起床後すぐに帰り、俺と秋元は祭の準備のために神社を訪れていた。俺達が到着するころには、それなりに人が集まって賑わっていた。

主におじさんやおばさんがほとんどだったが中には小さな子供も何人かいる。親や祖父母の準備を手伝いにきた、というよりは友達と遊びにきている感じだ。

パンッパンッと射的の拳銃で西部劇ごっこをしたり、お面を被って走り回っている。親にねだって作ってもらった綿菓子やかき氷を食べて、一足先に祭を満喫している子もいるようだ。

大人達は声を張り上げて回りに指示を出している。自分の屋台の設営をするおじさん、飲み物をくばるおばさん、提灯や飾りを取り付ける人。

何だか乗り遅れた気分だ。まあタコ焼きなんて準備するものも少ないし、すぐに終わるから別にいいんだけどね。

いつもは広くて物寂しい神社が、人々の活気で満ち溢れていることに少しの違和感を覚えながらも、そのことがかえって今日が特別だということを実感させる。

「よし、俺達も設営するぞ」

「あいあいさー」

って言っても俺達は前日に屋台を組み立て終えてるから、鉄板や材料を設置すればほぼ完成だ。

作業は思っていたよりも呆気なく終わり、あっという間に手持ち無沙汰になってしまった。

「せっかくだからタコ焼き練習しとくか」

「ふ、いいだろう。僕の秘密の特訓の成果、とくと見せてやる!」

そこら辺を走り回っている小さな子供達に審判をしてもらうことにした。子供の正直な感想なら互いの実力が顕著に現れるはずだ。

今までの練習通り、俺達はタコ焼きを作った。秋元が鉄板の右側、俺が左側を使う。

粉を水に溶き、野菜やタコを切る。鉄板に油をひいて、そこにどろりとした液体を流し入れる。あとは具材を入れてひっくり返すだけだ。

プラスチックの皿に移してソース、青海苔、鰹節、マヨネーズをかけてできあがりだ。

食欲をかきたてるようないい匂いが辺りに広がる。見た目もなかなか悪くない。問題は味だ。だが俺は確かに手応えを感じていた。これならきっとうまくいく。

隣にいる秋元の顔を見ると、どうやらやつもなかなかうまくいったらしい。何やらこちらを見ながらほくそ笑んでいる。

「「さぁ、食べてみてくれ」」

小さな子供に男子高校生二人が迫り寄るという実に背徳的な光景がそこには広がっていた。

二人組の男の子が恐る恐る爪楊枝を掴んでタコ焼きを突き刺す。そしてゆっくりと口に運んでいく。

どうやら相当熱かったようで、ふーふーと息を吹き掛けて冷ましているようだ。一人は俺の、もう一人は秋元が焼いたタコ焼きを食べようとしている。

そして運命の瞬間。ついに二人がタコ焼きを口に入れた。さぁ、思う存分味わってくれ。そして褒めたたえよ、この俺が作ったタコ焼きをっ!


「「……まずっ!」」

「「…………えっ……」」

ちょ、一体どういうことだ!? 俺は確かにいつものように作ったはずだ。あの遥でさえ美味しいと認めたはずなのに……

秋元も隣で困惑している。こんなはずがない、僕は完璧に作ったはず。という顔をしている。
とにかく自分が作ったタコ焼きを食べてみた。最初は外側にかかった調味料の味。そして租借するごとに広がるこの、何て言うか、酸っぱいような、痺れるような、紅生姜のような……

紅生姜!? こいつっ! もしかして……


「おい、優──」
「おい、秋──」

「「ん?」」

「「…………」」

「お前、俺のタコ焼きに紅生姜……」
「お前、僕のタコ焼きに紅生姜……」


「「……やっぱりお前だったのかっ!!!」」


「おまっ、やっぱりさっきのUFOとか言ったの嘘だったんだな!?」

「お前こそ何が美少女だよっ! シワがよったただの婆さんだったじゃねぇか!!」

「くそっ、汚いやつめ!」

「お前もだよっ!」

「お前なんか山犬とかなんとかいうどっかの秘密部隊に命を狙われて死ね!」

「サードインパクトに巻き込まれろ! 活動限界に陥ってロンギヌスに貫かれて死ね!」

「死ね! 100回死ね! ベアトリーチェに殺されろ!」

「持って行かれろ! 手足1本ずつどころか、存在そのものを真理に提供しろ!」

「「……ぐぬぬぬっ!」」

くそ、これは長期戦になりそうだ。そろそろこいつとは決着を付けておくべきだと思ってたんだよ。

「先手必勝!」

「あ、おまっ」

秋元がいきなり殴り掛かってきた。俺はそれを華麗にかわし、右ストレートを放つ。が、あっさりとかわされ距離をとられる。

「なかなかやるじゃないか」

「おまえもな」

二人の間に長い沈黙が流れる。そして、どちらからともなく相手に向かって走り出した。


「「うぉおおおおっ!!」」


その時、赤い影が二人の間に割り入ってきた。そして次の瞬間、俺たちはふっとんでいた。

「バカかおまえらはっ!」

怒声とともに放たれたパンチの重みはハンパなかった。男二人を吹っ飛ばしたのだ、その威力は言うまでもない。

それより、こいつの格好……

み、巫女?

というか神無だった。


「あんたら何してんだよ!祭前に喧嘩とかガキっぽいことしてんじゃねぇよ……」


「「だってこいつがっ……」」
すかさず下顎を殴られる。もちろん二人ともだ。秋元のほうがダメージが大きそうなのはおそらく気のせいだろう。

……いや、でもあれほんとに気のせいか? 何か口が上下にぷるぷる震えてる上に口とか鼻から色んな液体が溢れてるんだけど。

「喧嘩両成敗だよ」

「「……サーセンした」」

これ以上逆らうのはやめておこう。こいつの相手をしてたら命がいくつあっても足りない。ていうか秋元がそろそろ果てそうだ。

「ていうかお前何してんだよ」
巫女が人前でこんな暴力振るっていいのだろうか。


「あぁ、あたし? 本番まで結構時間あるし、祭が始まってからじゃ忙しくてゆっくりできないから先に店見て回ってんの」
「あぁ、なるほど」

「みんな頑張ってるなぁ~って感心してる流れからの……あんたたちの喧嘩だよ。あたしまで恥ずかしいからそういうのやめろよな」

人を殴り飛ばしておいてその態度かよw こいつ将来絶対大物になる。

「あ、優音、タコ焼きやってるんでしょ? お腹空いたから焼いてよ」

「何だよその『母ちゃん晩御飯まだ?』的なノリは」

「別にいいじゃん。減るもんでもないし」

「減るよっ!」

「どうせ大した味じゃないんだからあたしが毒味してやるよ。さっさと準備しやがれ」

「くっ、今の台詞後悔させてやるからなっ……」


くそっ、こいつと口論してても拉致があかない。仕方ない、ぱぱっと焼いて食わせて帰らせよう。

さっきの残りは秋元のせいで使えないから新しく焼き直す。俺もなかなか手慣れたもので、すぐに美味しそうなタコ焼きが出来上がった。


「ほらよ」

神無にパックを手渡す。

「へぇ~何て言うか、その、意外としっかりできるんだなぁ。もっとぐだぐだしてるのかと思ってた」

「伊達に一人暮らししてねぇよ。まぁ食ってみろって」


「うん、じゃあ頂きます」

神無が息をふーふー吹き掛けて冷ましながらタコ焼きを口に運んでいく。

その仕種にさっきまでとは正反対の女の子らしい色気を感じてドキっとする。

巫女服という特殊効果が付加されているということもありその破壊力は抜群だった。

暴力と言葉遣いさえどうにかなればもっと可愛いはずなんだけどなぁ。

「あふっ!」

とか言っちゃってるし。何この女子っぽい生き物。これほんとに神無なの? 釣り? 神無の皮を被った美少女?


「はふはふ……んぐんぐ……あ、結構美味しいかも……」


「だから言っただろ」

「うん、何て言うか、どうせ微妙な味なんだから叩いてやろうとか思ってたら予想以上に美味しくてびっくりした」

「……何か素直に喜べないんだが」

「嘘だよ、ほんとに美味しい。優音が焼いてくれたタコ焼き」

そう言ってにししっと気持ちのいい笑みを顔中に浮かべて笑うから俺は何にも言えなくなる。だから照れ隠しに

「前歯に青海苔ついてるぞ」

なんて事を言ってみる。


「ちょ、うそっ!? ……そんなとこ見んなよバカヤロウ!!」

また殴られるかと思ったら後ろを向いてハンカチで口周りを拭いだした。何だこのリアクション?

「……と、とれた?」

頬を林檎飴のように真っ赤に赤らめて、もじもじと恥ずかしそうに聞いてくる。

「あ、あぁ。とれた」

何故か俺まで恥ずかしくなってしどろもどろに答える。何だよこれ、何でさっきからこいつのことこんなに意識してるんだろう。


「優音」

「ん?」

「あたしそろそろ行くわ。演舞の儀式の準備とかあるし、あんまり巫女服で歩き回るのもよくないしさ」


「あぁ、そうだな。頑張れよ、ちゃんと見ててやるからな」

「うん」

「じゃあな」

「うん。またね」


そして神無は下駄をカランコロンと小気味よく鳴らしながら走り去って言った。


そのあと周りの人達の手伝いをしたり、材料を取りに帰ったり、そこら辺を走り回ってる間に日が暮れてきた。

空の薄暗さとは対称的に、提灯や屋台の明かりで神社の中は光り輝いている。

人工的でありながらどこか幻想的なその明かりに目を奪われて立ち止まる人も少なくない。

都会ならまだまだ車やバイクの音が町に響き渡っている時間だ。

でもここで聞こえるのは男達が神輿を担ぎ、わっしょいと叫ぶ声、祭囃しの演奏、屋台からの売り込みの声、そしてそれに負けじと精一杯鳴きつづける虫達の声、風の音、川を流れる水の音、時折どこからか響いてくる風鈴のチリンという音。



機械や情報、電気、科学に溢れた現代。しかし、その人間くさい熱気に溢れる空間は、豊かな自然に満たされている空間は、確かに今ここに存在しているのだ。


そう考えると田舎も捨てたもんじゃないなと思える。現に俺も秋元も、腹の奥から声を搾り出して客寄せをしている。

タコ焼きを買っていってくれる人達の『ありがとう』が心にしみて温かくて、優しくて、嬉しい。

これからは毎年帰ってきてもいいかなぁ、なんて思い出した矢先、ふとあの感情が頭に浮かんでくる。

ここには居たくない。
早くここを離れたい。

それも今までのものとは少し違う。

これまでは自分で能動的に、自発的に思うだけだった。しかし今回は


「出ていけ」
「消えろ」
「失せろ」

と、頭の中に他人の声が直接響いてくるのだ。

悲しみ、苦しみ、怒り、嫉み、殺意すらも感じ取れるようなその声は、俺の気持ちを極限まで不安にさせる。


初めて聞く声じゃない。
これは、この声は……

俺は知っている。忘れていただけだ。いや、今までだってずっと聞こえていた。聞こえないふりをしていただけだった。

そう、この声は、彼女の、あの女の子の……



「……嘘つき」



そこで俺の意識は途絶えた。