そのカードは二度つかえない
あれほど戒律や締め付けの厳しい
中東ですら、twitter革命が起きて
いるにも拘らず、そうした縛りの
一切ない日本において辞任した
松本復興・防災担当大臣のような
人物を任命した菅政権に対して、
鬱積した感情から暴動が起きない
ことを海外の人々はとても不思議に
思っている筈です。
理解できないものに対しては神秘
主義に走るのが人情。これこそが、
正しく日本の侍スピリッツなのだと、
これまた無理な解釈に走ってしまう
次第です。しかし、現実はそうでは
ありません。日本人は民主主義の
湯で蛙になってしまっていたのです。
日本人がどんなに鬱積した感情を
抱いていても、それは既に2009年
8月の衆議院総選挙にぶつけていた
からです。民主党による政権交代
はまさしく、デモ行進そのものであり、
革命運動だったわけです。
民主主義カードは二度使えない!
もはや革命に走った際の民主主義
エネルギーは今の日本人に残され
ていなかったのです。
空気は吸うもので、読むものではありません!
日本人が神よりも恐れるものは何か?
どんな宗教的戒律よりも、法律よりも
日本人がこの世でもっとも恐れるものは...。
それは、人からどう思われているか?
です。中でも、自分に近い周囲の目線が
一番重要で、自分を軸に同心円上で半径
が長くなればなるほど、重要でなくなります。
よく、女子が「皆がそういってるもん!」
とする際の「皆」は同心円上の半径が短く、
「身の回りマーケティング」という身近な
存在での聞き取りになります。
菅直人氏が国民に目を向けず政争に
あけくれる背景もここにあります。彼に
とって重要なのは妻、側近、派閥、党、
政界の順番で、最後に選挙でお世話に
なる国民、そして、諸外国が来ます。
国際社会の中でアメリカ以外に目をあまり
向けて来ないで、マイペースだった日本は、
バブル崩壊後、諸外国に目を向けるように
なり、半径を伸ばし、このとき放送された番組
が、「ここが変だよ!日本人」だったわけです。
日本社会では「人に気を使う」と「謙虚である」
ことは美徳として表現されていますが、
つまるところ、「出る杭は打たれる」という意味で、
同心円上半径が短いところから、その圧力は
かかってきます。
半径が伸びると、今度は「恥の文化」という抑圧
が容赦なく押し寄せて来るため、日本社会には
えもいわれぬ緊張感が常に存在していたわけです。
いわゆる*歌舞伎者や反社会勢力が大きな
アピールをするのも、この空気圧ともいうべき
圧力に対抗するためであり、出すぎた杭に
ならない限り、この国で自己実現は難しい訳です。
(*歌舞伎役者そのもののことではありません)
大きなアピールとは、いわば空気圧が強すぎて
ロケット噴射で大気圏外に飛び出すようなものです。
ところが、東電の事故のような事態になると、
まさしく出すぎた杭であるため、日本の空気圧
は効力を失い、なすすべもなくなるのです。
