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between two stools

between real and fake

最近、くよくよが減ってきた。

感情の記憶の容量の限界ということなのか、
悲しい記憶や、今はない昔の幸せな記憶が、新しい記憶でどんどん更新されていって、
薄められていっている。

毎週末、心置きなく話せる友人たちに救われている。

演奏も、最近は納得いく演奏ができ始めて楽しくなってきたところだけど、先週のライブは特に幸せなものだった。そういう演奏ができるときがときどきある。もちろん自分だけの力ではできない。同じメンバーで培ったものが身を結ぶときが、ときどきある。

それはとても、美しい時間で、夢のような場所だった。

そういう記憶で、なるべく満たしていきたい。

「嘘で何が悪いか 目の前を染めて広がる
 ただ地獄を進む者が 悲しい記憶に勝つ」

星野源の「地獄でなぜ悪い」。記憶という言葉からはすぐこの歌詞を思い出してしまう。

幸いそんなに今は地獄ではない。
もしかしたらちょっとずつ勝ち始めているんじゃないかな?
兆しが見えてきてる気がした。


それから最近、皆とハグしたい。
パートナーがいる異性としたらやはり問題になるのだろうかと思いながらも。
離婚後、たくさんの人に慰められて助けられて、友人たちへの愛が募りすぎている。

ほんとなら、言葉だけじゃなくて、体を触れ合いたいと思ってしまうことは不純なのだろうか。

世界はばらばらで、みんなが孤独だけど、重なり合う意味がないことはない。

幸せな言葉と記憶でなるべく自分を満たして、眠りにつきたい。みんなありがとう。
おやすみなさい。





以前、「取り憑かれる」ということについて少し書いた。似ている言葉に例えば「集中する」というのがあるけどこれは能動的である点で異なる。ただ能動的と受動的の区別はなかなか難しい。例えば絵描きに「集中している」子どもがいたとして、それは能動的だろうか?「取り憑かれる」ように、そうせざるを得なくてそうしているのかもしれない。

今、依存症に関する本を読んでいる。心理学では、何かのことがしたくてたまらなくなり、そのことしか考えられなくなってコントロールできなくなる性質を「強迫性」というらしい。つまり完全な受動、アウトオブコントロールである。

しかもその性質を持ちやすいのは、意外にも真面目で神経質、完璧主義なタイプだというのだ。
なぜならストレスを感じやすく抑鬱状態になりやすく、その状態から解放されるべく(逃避)、別のものに走るということらしい。

これは心当たりがあり過ぎる。
自分は真面目そうに見えるタイプだが驚かれるほど感情的な行動をすることがある。
自分がそうやって何かに取り憑かれて行動してしまうのは現実逃避のためだと思う。その自覚はある。
つまり幻想の世界に生きていたくなる。現実世界を直視して、踏みしめて生きていくのがしんどいから。
結構やられてるのかもしれないな。

逃避のために音楽活動に勤しむ。それならまだ良い。しかし他人を傷つけたり迷惑をかけたりすることに至るとまずい。
仕方ないことだと思っていた。なぜなら前も書いたようにこの世は地獄だからだ。地獄から逃げるために虚構の世界に生きてもいいじゃないか。
でもそれなら1人でやってろという話だ。他人を巻き込むべきではない。

最近は、ブログを書いても救われないな、と思う。
身体の病気や怪我と同じだ。自然治癒するものもある。免疫力を高めることでガンを直す方法もある。
しかし必要な場合は薬を投与するべきだ。そのほうがやはり早く治ることだってある。薬や手術をしなくては治らない場合もある。

自分の問題を解決するためにブログを書くというのは免疫療法のようなものに近いのではないか。自分がすでに持っている抗体で直す。書くことで抗体を活性化される。
でも自分の問題を解決できる抗体を、自分はそもそも持っていないかもしれない。問題を取り違えてるかもしれない。そしたら永遠に堂々巡りをしているだけだ。

自分にはまだ他者からの助けが必要だ。それは友人やパートナーかもしれないし、専門家や本かもしれないし、芸術かもしれない。
しかしパートナーに助けを求めようとするのは、ある理由からやめようと思う。このことについては折を見てまた書きたい。



多分、駄文。

寂しさなのか、退屈さなのか、
今日もあまりいい気分ではない。
実家ということなのかな。

曲を書きたい。
楽器を練習したい。
歌を歌いたい。和訳もしたい。

でもその優先順位も結局高くなくて、
結局後回し。

毎日行き帰りで終わってしまう。
やっぱり近くに住めたらいいのかな。
まだあまり現実的に考えられないけど。

寝床があって、服が置けたらそれでいい。
正直ビジネスホテルの一番狭いやつくらいの感じで十分だ。他になにもいらない。

少しずつでも手を動かしていきたいな。