一緒に苦楽をともにした外人が帰国したのは先日の話。
パーティー直後は眠すぎて感傷にひたっている余裕もなかったのですが(笑)、数日経っていろいろと思い出を引っ張り出しています。

才能はあるけど日本ではおよそ受け入れられにくいタイプの外人を、私はただひたすらサポートしました。
自分は決して前に出ず、どんなにおかしくても外人をたてていました。
あまりひどければ説得して正していました。
それが私ができる最善のことだと思ったから。

そんな私の行いを外人達は不思議に思いながら見ていました。
私は一体何のために、自分がリーダーでもないのに、サポートしてるんだろうって。
みんなに忍耐強いと言われました。しょぼん


そして私が途中で抜けることになり、後任の人が外人いわく最悪だったらしい。ショック!
その人とケンカばかりしてたようです。
それでもやりとげたんだからみんなすごいと思いますが。


私があのとき頑張れたのは、日本人のクライアントの心をがっつりつかんでいたから。
外人をたてるときも、正すときも、日本のカルチャーの中でやっていくにあたって必要なことは全部私がわかっているという自信があったから。
そして日本人のクライアントにも外人の考えを説明して最大限譲歩してもらえるようにできる立場だったから。

日本に生まれて日本でアメリカ好きな親に育てられた私にとって、普段は全く忘れている大和撫子魂を発揮できる場だったんだから、決して忍耐強いってだけじゃないんです。ニコニコ
なんて、外人には話してもわからないだろうけど。


また一緒に仕事したいです。ニコニコ