2020年2月に読んだ本たち+α | ますたーの研究室

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英詩を研究していた大学院生でしたが、社会人になりました。文学・哲学・思想をバックグラウンドに、ポップカルチャーや文学作品などを自由に批評・研究するブログです。

こんなにも容易く、世界の形は変わってしまう。

 

・多和田葉子『献灯使』(講談社、2014年。Kindle版。)

多和田葉子は端的に言ってすごく信頼している作家であり、いま読まなければならない作家のひとりだと思っている。『地球に散りばめられて』に続いて二冊目の多和田葉子である。

2018年、本書の英訳である Emissary がアメリカにて第69回「全米図書賞」の第1回翻訳書部門を受賞している。このことがずっと気になっていて読みたいなあと思っていたところで、1月にロンドンに行った際に読書のお供に購入。結構読み終わるのに難儀した。

ロンドンの書店にて本書の英訳である The Last Children of Tokyo を購入。アメリカの出版社かイギリスの出版社から出たかの違いだけで、訳者は一緒だし中身は同じと思われる。

 

本作は短編集であるが、表題作である「献灯使」が最も長く中編小説くらいのサイズがある。残りの4編は短い。

東日本大震災の後、原発事故が起こり鎖国政策が敷かれる。そこから何年もたった後の日本が舞台。主たる語り手である義郎は100歳を超えており、虚弱体質であるひ孫の無名を育てながら仮設住宅で暮らしている。放射能の影響で無名の身体はとても弱い。対して旧世代の老人たる義郎は丈夫。本作で描かれる未来の日本はディストピアと言って差し支えないのだが、なんというか今のコロナウイルス自粛ムードが極みに極まってしまった結果経済がボロボロになった日本のイメージと地続きになっているような気がして、読んでいて寒気がする。

 

著者はドイツ語と日本語の両方で創作を行う小説家なので、とにかく言葉に対する感受性が凄まじい。ひたすら漢字で遊んでいる「韋駄天どこまでも」が顕著だが、物語内容をいったんわきに置いといて、ただひたすら言葉遊びに酔いしれるのが多和田葉子のテクストを読む快楽だと思う。あと言葉を信じ切っている態度みたいなものの潔さ。「動物たちのバベル」にて、人間が滅んだあとの動物たちの世界では「翻訳者」がリーダーとして選ばれているところに端的に表れている。だが、「献灯使」はやっぱり未だによくわかっておらず、どのように受け止めるべきかまだ掴みきれていない。英訳(よくこんなのを訳せたな)を読めばまた印象が変わるのかしらん。

表題作である「献灯使」は「正直よくわかっていない」という感じなのだが、他の短編では「動物たちのバベル」が面白かった。戯曲っていう形式はやっぱり小説や詩とは違うものが書けますよね、という感じ。

 

・村上春樹『はじめての文学 村上春樹』(文藝春秋、2006年。)

近所の古本屋にあったから衝動的に購入。基本的に村上春樹は好きで、いつまでも読んでいたい作家である。

春樹はめちゃくちゃ面白いやつと「何これ?」となるやつの差が激しいというか、そういうのは短編集だからこそよくわかるという感じがする。そういえばこのアンソロジーはこれから文学世界に触れようとする若者(中高生?)に向けたものなので、収められた短編たちに全然性的なことが出てこないのも印象的。とりあえず綺麗な女性とセックスするのが春樹作品だと思うのですが(ひどい偏見)。

 

短編集の後半になると「暴力」というテーマが通底している作品が並んでいるという印象。想像の中で傷みつけたら実際に「緑色の獣」が苦しみでのたうち回る「緑色の獣」、人を殴った経験について直接的に語られる「沈黙」、そして「かえるくん、東京を救う」。この辺のラインナップはとても面白い。巻末には作者自身のライナーノーツ的な解説が収められており、「かえるくん、東京を救う」についての解説がとても重要だと感じた。

あと面白かったのは「踊る小人」。この小人のイメージが『1Q84』のリトル・ピープルにつながっていくのかなあ、とか、やっぱり春樹の描くファンタジーが一番面白いよなあ、とか。本棚の春樹スペースに置いておきたい1冊です。

 

・Coulmas, Florian. Identity: A Very Short Introduction. (Oxford UP, 2019.)

修士論文ではなんちゃってアイデンティティ論を書いたわけですが、その際に非常に役立った一冊。お馴染みの「1冊でわかる」シリーズだが、コンパクトで装丁が可愛い反面内容はごりっとしていてきちんと難しいのが偉い。本書も「アイデンティティ」について様々な分野の知見をかいつまみながら論じてくれている。

 

なんか日本の例がたくさん出てくるなあと思って筆者の経歴を調べてみたら、著者フロリアン・クルマスは社会言語学者であると同時にドイツ日本研究所所長であるらしい。日本で暮らして日本で教えている経験もあるので、日本語も多分相当できるんじゃないか。「アイデンティティ」の本質を考える例として伊勢神宮を挙げていて、伊勢神宮が改修工事をしてピカピカの見た目になったとしても、ずっと太古からある伊勢神宮の本質みたいのは不変だと私たちは見なすでしょう、とこんな説明を与えている。なるほど。

これ2019年の出版で、まさに修論ドンピシャのタイミングで出てくれたことにシンパシーを感じる。読めてよかったです。

 

・椋木ななつ『私に天使が舞い降りた!』(7)

そういえば『わたてん』の原作をぼちぼち読んでいることは書いてなかったような気がするが、Kindle版で読んでいます。

 

『わたてん』が連載されている一迅社『コミック百合姫』、これは芳文社『まんがタイムきららMAX』とは似て非なる雑誌なんだな、というのをこの最新巻を読んでわかった。『わたてん』の女の子たちは身体接触で心が揺れ動いている感じがガチというか、小学生のくせして結構生々しい百合をやっている感じがする。乃愛ちゃんの嫉妬心とかも思いのほか強く、みゃー姉みゃー姉言ってくっつきたがるひなたのその言動に最近嫉妬が向いてきているのがちょいやばい感じがする(p.117)。あとはこっそりひなたとお揃いにしちゃうあたりとかガチですよね。

アニメ版の『わたてん』は動画工房がよく心得ていたというか、原作にあるこういう少しどろっとした要素をマイルドにしていたと言えるかもしれない。本巻の第55話、犬のみやこの挿話の最後の花ちゃんとみやこのやりとり、あれはもうプレイだよ。

 

なんかこういう風に書くと原作に否定的な感じがするが、そんなことはない。ここでようやくみやこと花は公的な意味でお友だちになれたんだなあ、というのはすごくよかった。引き続き読んでいきます。そういえば、ラジオCD付き特装版ほしいっちゃほしかったんだけど、紙ベースで買ってない漫画だとちょっと……ってなるんだよなあ。

 

・『ゆるキャン△ アンソロジーコミック』(1)

生協の書籍部で売っていて「あ、こんなん出たんだ」となって購入。表紙が大変よい。

他のきらら作品のアンソロを読んでいても思ったが、「アンソロジーコミック」というのは本当に玉石混淆で、まあそんな期待しない方がいいよなというのが正直な印象。特に本作は作者のあfろがとんでもなく画力が高く、様々な手法で綺麗な表現を打ち出しているというところにかなり依拠しているからなあ。まあ面白いものは面白かったけれども。

それを思うと『やがて君になる』アンソロジーは本当に高級だったというか豪華だったというか、名だたる作家勢が書いていたんだなあというのを今この感想を書いていてふと思った。

 

+α

・日本中が大変なことになっていますが、まあ元気です。最近は花粉がとにかくつらい。

 

・2月上旬に無事に論文審査を終えました。まあひどく燃え上がるなんてこともなく。ついさっき確認したら論文の成績がちゃんとついていたので卒業確定だと思われます。やったぜ。

 

・2月中旬にファゴットを購入しました。めちゃくちゃいいやつを買えて感無量です。楽器のローンを返すために頑張って働きます。

 

・2月末に「スター☆トゥインクルプリキュア 感謝祭」に参加してきました。開催が危ぶまれていましたが、なんとか行われて本当によかったと思います。内容盛りだくさんでお腹いっぱいなイベントであると同時に、キャスト・スタッフ・ファンの双方向的な感謝の気持ちと言葉が会場中に反響していた、とにかく素敵な時間と空間になっていたと思います。本当に『スタプリ』大好きなんだよなあ。