2019年11月、12月に読んだ本たち+α | ますたーの研究室

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英詩を研究していた大学院生でしたが、社会人になりました。文学・哲学・思想をバックグラウンドに、ポップカルチャーや文学作品などを自由に批評・研究するブログです。

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

先月の中旬に修士論文を無事に提出できました。

論文を書いていたときはマンガばっかり読んでいたことが一目瞭然となっています。

 

・岩井勇気『僕の人生に事件は起きない』(新潮社、2019年。)

ハライチの岩井さんによるエッセイ本。TBSラジオでやってる「ハライチのターン」というハライチのラジオ番組にドはまりして以来、2年くらい聞き続けている。岩井さんのフリートークはめちゃくちゃ面白いので知らない人はぜひ聞いてほしい。でも最近は澤部さんのフリートークもめちゃくちゃ面白くなっていて、ハライチの二人はすごく力のある芸人なんだなと思う。

 

あんかけラーメンの汁を水筒で持ち歩く話の狂気たるや。日常生活に潜む狂気、闇、死の予感等々を抉るエッセイになっていて、(著者本人は全く意図していないだろうけれど)ただ面白おかしいだけでなく、文学的価値もあるエッセイになっている感じがする。

書きおろしの「澤部と僕と」が面白い。これを踏まえてハライチの漫才をもっと見たいという気持ちにさせてくれる。岩井さんがお笑いクーデターをしかけると言っていた2020年は奇しくもハライチのM-1ラストイヤーでもあるわけで、1ファンとしてはM-1の決勝でハライチが観たいなあという思いなのだが、どうなのだろうか。

 

・新井潤美『魅惑のヴィクトリア朝 アリスとホームズの英国文化』(NHK出版、2016年。)

ヴィクトリア朝というイギリス文学の時代について。手軽に読めてなるほどという感じだが、これは果たして一般読者がどれくらい読むんだろうかという感じも。この時代のイギリスがわかれば今のイギリスがわかる、という議論は「そう?」と思ってしまったし、僕はアナーキーな文学研究者なので文学の価値を自明視する文学研究者とは話が合わなさそうだ、とも思ってしまいましたことよ。

 

・佐々木健一『論文ゼミナール』(東京大学出版会、2014年。)

M1のときに読んだのを再読。卒論に悩む全ての(文系の)学部生に読んでほしい。院生にも対応していると思う。

 

修論の修正段階では、この本で「やめましょう」と言われていた「~と述べる、述べている」と「~なのだ、~なのである」を直しまくる作業に追われた。「~と述べる」は修正前は数十か所あって、いかにあまり何も考えずにこの表現に頼っているかを痛感させられた。正直この辺りの日本語表現は好みと流派の問題だと思うのであまり拘泥しなくていいのかもしれないが、一応この本がプラクティカルに役に立った例ということで。

 

・野矢茂樹、西村義樹『言語学の教室 哲学者と学ぶ認知言語学』(中央公論新社、2013年。)

論文を出した後、ふと言語について何か知識を得たいと思ったので近所の古本屋で購入。少し前にそこそこ流行った本だと記憶している。

めちゃくちゃ面白かったが、かなりマニアックだったと思う。結構専門的な内容に果たしてどれだけの一般読者がついて行けたのだろうか。

一番良かったのはメタファーに関する議論。メタファーは言語の数ある機能の一つではなく、人間の思考において重要な位置付けを与えられるべき機能である。このような考えのもとにメタファーを中心概念とする言語学の一分野があるというのは、非常になるほどなあという感じ。

詩という文学ジャンルはまさにメタファーの牙城だと思っているので、この辺の言語学の勉強をすれば詩学を考えるうえでも役に立つかもしれない。

 

・上田岳弘『ニムロッド』(講談社、2019年。)

これまた論文で悩まされている時に「何か小説が読みたい、なるべく最近のやつ」と思って書店で手に取った一冊。芥川賞はそれなりに信頼しているから、芥川賞を取った小説は思ったときにちょいちょい読むようにしている。

結局論文の後に読むことになったが、すいすい読めてなかなか面白い小説だと思った。アマゾンのレビューを見たらわりとボロクソ叩かれていたけど、僕はこれは良い小説だと思う。

 

ビットコインの生みの親とされるサトシ・ナカモトと同じ名前の人物が主人公。彼は会社の空いているパソコンを使ってビットコインを毎日掘り続けるという仕事を任されるようになる。その話と並行して「ニムロッド」が書く小説と「駄目な飛行機コレクション」の話が挿入される。

駄目な飛行機の話と、バベルの塔の話と、ビットコインの話がなんとなくうまく噛みあっている感じがするのが上手い。虚を積み上げて高みを、大空を目指す。やり方は変わっていても、人間の目指している方向は何も変わっていないのかもしれない。

ビットコインの最小単位は satoshi と言うらしい。主人公のセックスの途中、恋人である田久保紀子はサトシ、サトシと名前を連呼する。その名前を呼ばれるたびに主人公はビットコインのことを思い出す。無から価値を生み出すビットコイン、無から生み出される自分。この辺のエピソードはおそらく著者の思考が強く出ている箇所であり、かなり気合を入れて書いているところだと思うが、マリオの無限コインが何だか想起されてちょっと面白くなってしまった。

 

・Koi『ご注文はうさぎですか?』(8)

そういえば書くのを忘れていたが、発売月に読んでいます。1巻まるまる卒業旅行編。

相変わらず物凄い多幸感。でも今回の巻数はそれがますます強かったと思う。みんなで行く旅って楽しいよね。

多分ウィーンをモデルにされていると感じた旅行先は、その書き込まれ方がとても細かい。『ごちうさ』はキャラの可愛さだけでなく、こういった世界観の強度の高さもまた魅力的である。Koi先生画力半端ないと思う。

今回で新キャラが3人も増えたが、チマメ隊の高校生編にてそれぞれ絡みを見せていくのだろう。楽しみであると同時に、本当に終わりない日常を延々と、どこまでも描けてしまいそうな『ごちうさ』世界の構造に畏怖すら感じる。さすがにココアちゃんたちが高校を卒業するまで……だよね??

 

・カツヲ『三ツ星カラーズ』(7)

巻を重ねるごとに特段の内容がなくなり自由になっていくカラーズ。今回もはちゃめちゃだった。

各挿話の扉絵で「○○はなにしてる?」で各々が思い思いのポーズをとっているのがなんかよかった。

それはそうとさっちゃん超かわいい。この感想も内容がないな。

 

・伊藤いづも『まちカドまぞく』(1)(2)(5)

昨年は本当にきらら系は不作の年だった。というか1年通して『まちカドまぞく』しかやってない。

話題沸騰の「シャミ子今日のごはんなに?」を筆頭に、5巻は色々とすごかった。リコさん周りの話はちょっと「ええ……」ってなっちゃったけど。そういえば狐は人間よりも情が厚いって話は『百鬼夜行抄』でもあったような気がする。

 

・山口つばさ『ブルーピリオド』(1)(2)(3)

いま話題の漫画。なんか留学に行っている間にゼミで流行っていて、自分の先生もめちゃくちゃハマって一気読みしたということで推薦されたので読んだ。

面白い。確かに面白いとは思うけど、そんなにハマれていない。主人公に全く感情移入ができない。周辺のキャラクターたちは魅力的に見える(特に先輩がかわいい)んだけど、なんだか主人公入ってこねえ。ジャンプ系のノリはやっぱり駄目なんですね……。

ただ本作の主眼はキャラクターものではなく、絵や美術について解説してくれているところにある。そのパートはやはりむちゃくちゃ面白い。

ブレイク研究を始めて以来、絵にも興味を持って美術館に行くなどしているが、絵の見方が広がりそうな感じがして嬉しくなる。

3巻の「俺が俺の絵を駄目にしていく」というところはすごくいい。ブレイクが「無垢の歌」の「序の歌」でイノセンスを汚すって言っているのは要はそういうことなんだな、とすごく腑に落ちてくれて、論文の時にこの場面に出会えてよかったです。

 

・あfろ『ゆるキャン△』(1)(6)(7)(8)

論文提出の1週間前くらいは、本当に『ゆるキャン△』のおかげで一命をとりとめていた。本当によくできているアニメ作品ですわ。

それで今さらながら漫画も。ニコニコ漫画のアプリでちょいちょい読んでいたが、ちゃんと単行本を買ってちゃんと読もうと決意。

『ゆるキャン△』は漫画もとんでもない。日の出の眩しい光を感じたり、とても広い奥行きを感じたり。平面のはずなのに、ちゃんと立体感がある。これは並大抵の技術でない。

『ゆるキャン△』二期はよ、という感じだが、とりあえず今期は『へやキャン△』がある。やったぜ。

伊豆キャンは早春キャンプであり、これから季節は春から夏へとなっていくが、彼女らは夏もキャンプするのかな。『ゆるキャン△』世界はすごく時間がゆっくり流れているから、いつ夏が来るかわからないけど。

 

・仲谷鳰『やがて君になる』(8)

『やが君』もついに完結である。8巻としては最初の40話がメインで、その後はもう後日談って感じがした。でもエピローグ的な挿話もきちんとやって締めてくれるのは丁寧でやっぱり良い。あと侑がひたすら可愛い。最初に比べると大分表情が柔らかくなったね、と。

本作に関しては詳細な論考を本ブログで2本書いたのでもうあまり言うことがない気もする。ただアニメ2期があって生徒会劇をしっかりと描いてくれたらその辺を論じたいモチベはある。アイデンティティと演劇の関係についても色々と気になるし。

 

+α

・冒頭にも書きましたが、12月中旬に無事に修士論文を提出しました。ウィリアム・ブレイク『セルの書』の作品論という体裁で、アイデンティティ論を書きました。キャラクターたちのアイデンティティの表象と、主人公であるセルのアイデンティティの確立の過程を物語詩から読み解く。18世紀のアイデンティティ観──身体と精神の関係、キリスト教の影響──を踏まえつつも、現代に生きる私たちのアイデンティティの在り方を考える上でブレイクのテクストがどのような示唆を与えてくれるのかを論じました。客観的な論文の出来はまったくわかりませんが、アクチュアリティのある文学研究がやりたいなあ、という自分の気持ちにはまあ答えられたのではないかと満足しています。

とりあえず来月上旬の論文審査に耐えられれば勝ちなので、ゆるゆると勉強を詰めています。

 

・『アナと雪の女王2』を観ました。とにかく映像表現と音楽は素晴らしい。特に映像の見せ方や演出の洗練さについては前作を遥かに上回るものを見られた気がする。大変よかったです。

 

脚本については、うーん。「『アナ雪』ってそういう話だったっけ?」っていうのが率直なところと、ディズニーがこういう物語を描いても白々しさがすごいというか、これは自然災害に悩まされ続けている日本人からしたら到底受け入れがたい話だよなあと思いました。作り手たちの中には一人も自然災害でひどい目や面倒な目に遭った人がいないんだろうな。

それにしてもオラフがずるい。面白すぎる。ああいうコメディリリーフの使い方って今までのディズニー映画になかったような気がする。あいつが「ハッピーエンドってやっぱりいいじゃん!」って言ったことによって、物語のクライマックスに全く納得がいってなくても、なんだか説得されてしまったような、丸め込まれてしまったような、そんな感じがしています。

 

・論文の仕上げ段階である11月下旬に川越に行きました。宿で一泊して論文を詰めるという文豪よろしくな旅でしたが、大変よかったです。人生に疲れたときはまた小江戸に行こうと思います。