米国では、アイビーリーグやMIT、スタンフォードといったいわゆる「Ivy Plus」と呼ばれる大学の卒業生が、その後の所得水準やエリート職への到達率で圧倒的に高い割合を占めていることが、データで示されているという。

これに関連して、ブラウン大学の経済学者ジョン・フリードマンらの研究を紹介した記事を読んだ。

興味深いのは「なぜそうなるのか」という点だ。

もともと優秀な学生が集まっているだけなのか。

教育の質が高いからなのか。

それとも学歴ブランドが効いているだけなのか。


長年の研究の結論は、少し意外なものだった。

最大の要因は「世界で最も優秀で意欲の高い人々と日常的に過ごす環境」だという。

周囲に優秀な学生がいることで、「何を基準に頑張るか」が静かに書き換わっていく。

日常の議論のレベル、課題への向き合い方、将来への感覚、そのすべてが環境の中で少しずつ変化していく。

研究では、合格待ちリストに載った学生同士を比較することで、能力差がほぼない集団の中で「どの大学に進学したか」だけが違うケースを分析している。

その結果、より選抜性の高い大学に進んだ学生ほど、その後のキャリアで明確に高い成果を上げていたという。

「もともと優秀だったから」という説明だけでは片付かない差が、そこに残る。

この話を日本の中高一貫校に置き換えてみると、少し見え方が変わる。

進学校に入る意味は、授業の先取りやカリキュラムの差というより、「どんな空気感の中でどんな層の子どもたちと過ごすか」にもあるのかもしれない。

実際、子ども同士の会話のレベルや、当たり前とされる基準は、集団によってかなり違う。

もちろん、どの環境が正解という話ではないし、一つの見方にすぎない。

ただ、6年間という時間をどの集団で過ごすかは、その後の価値観や「普通の基準」にじわじわ効いてくる可能性は確かにある。

志望校を考えるとき、偏差値や合格実績だけではなく「その集団の中で共有されている当たり前がどう変わるか」という視点も意外に本質に近いのではないかと思う。