前回、武蔵について、のんびりしていて高3から受験勉強を始める、という印象の書き方をしたことで誤解を招いたかもしれない。
決してディスっているわけではなく、むしろ逆で、その校風には強いリスペクトを感じている。
中高一貫校の価値は「受験への早さ」だけではない。
最近、武蔵の進学実績が持ち直してきている。
東大合格者のうち現役が21人と大きく伸び、「東京一工」の合格者も増加。
本領を発揮してきたようにも見える。
いわゆる受験テクニックを強化した結果というよりも、もともとの「自調自考」という教育方針を維持しながら、時代の接点がうまく噛み合ってきたのではないかという気がする。
生徒の興味関心を起点に深く掘り下げる学びが、特に近年の総合型・推薦型入試と親和性を持ち始めている。
実際に、惑星研究、城郭研究、情報オリンピックなど、いかにも武蔵らしいテーマで成果を出した生徒が評価されているのを見ると、「時代が追いついてきた」という感じがする。
一方で、自由に見える環境の裏側では、進路面談や補習、模試分析など、学校側の地道なサポートも積み重ねられている。
この「自由」と「下支え」のバランスこそが、武蔵の本質なのかもしれない。
中高一貫校を見て、「どこが受験に強いか」という軸で比較してしまいがちだが、本来はもう少し違う見方もあるはず。
子どもがどんな時間を過ごし、何に熱中し、どんな形で将来につながっていくのか。
武蔵のように、一見遠回りに見える道が、結果としてしっかりと進路に結びついていくのを見ると、他の中高一貫校のように「早くから詰め込むこと」だけが正解ではないと感じる。
社会人として、複数の武蔵出身の人とも仕事上の接点があるが、その教養度の高さや、ものを見る視点の高さには敬服する。
そう考えると、あの“のんびり”に見える6年間も、違った景色として見えてくる。