子ども受験の話に接して思うのは「子どもの試験というより、親のメンタルが問われる」ということ。
『元SAPIXママ 中受伴走1095日』を読むと、ああ、確かにそうだよね、と何度も頷かされる。
塾の情報を追い、模試の結果に一喜一憂し、家庭ごとのやり方に明確な正解があるわけでもない。
その中で、親だけが静かに振れ幅を大きくしていく。
特にしんどさを感じるのは、成績が思うように伸びないときだ。
子どもには平静を装いながら、頭の中では別の計算が同時に進む。
「このままでいいのか」「どこかで切り替えるべきか」
その揺れを抱えたまま日々が続いていく。
もう一つは情報の多さだ。
「こうすればうまくいった」「この時期はこれをやった」といった他の家庭のやり方は、どれも魅力的に見える。
気がつくと「これをやれば」と思わせるものに手が伸びてしまう。
ただ後から振り返ると、家庭ごとに条件は違い、そのまま再現できるものはほとんどない。
一方で、重い話ばかりではない。
振り返れば笑ってしまうような出来事も多い。
問題の答えが極端だったり、勉強中にまったく別のことに集中していたり。
その瞬間は深刻でも、距離を置いて見ると「そういうことあるよね」と言える場面はどの家庭にもあるだろう。
そして入試本番の数日間。
その時間の中で、子どもだけでなく親もまた少しずつ変わっていった。
その変化自体が、ひとつの経験だったように思う。
中高一貫校の6年間は長いが、そこに至る数年間もまた密度の濃い時間。
振り返れば、揺れながら進んだ日々そのものだった。
その経験は今も続いていて、形を変えながら次の局面に向き合う中で、あの時間が土台になっていると感じることがある。
