萩中神社(大田区萩中1-5-18)

 

(主祭神)

天照皇大神、(相殿)豊受姫大神

 

(社格等)

旧村社(旧萩中村の鎮守)

 

(沿革等)

創建年代不明だが、新編武蔵風土記稿に神明社と掲載されており、江戸後期には当地に鎮座していた。大正6年高潮被害により当社及び東官守稲荷神社とも被害を受けた。この再建過程において東官守稲荷神社は当社境内に遷座した。昭和20年4月の空襲被害をうけ東官守稲荷社は焼失し、戦後再建した。

*東官守稲荷神社は、遷座前は 萩中町7番地(旧番地、現在の七辻の東側)に立地していた。村民は半農半漁であり海上の安全を祈る守護神であった。

**大正6(1917)年の高潮災害(大正6年東京湾台風災害)
・日本各地に被害を残した台風。10月1日に東京湾岸では高潮被害が顕著であった。

・東京市と南葛飾郡の沿岸,品川以南から多摩川に至る沿岸,東葛飾郡の沿岸など

・東京都心では最大風速43m/s・日最低海面気圧952.7hPaを記録
[ID:48598] 絵葉書 羽田附近の惨状(大正六年十月一日暴風被害) : 資料情報 | 収蔵品データベース | 浦安市郷土博物館

*新編武蔵風土記稿「萩中村」
【神明社】
除地1段2畝11歩免除畑5畝、村の乾にあり。此地を神明前と呼ぶ。本社8尺、拝殿2間に1間半、ともに南に向ふ。社前30歩をへだてて鳥居をたつ。鎮座の年代詳かならず。祭礼年々9月16日執行す。村持。稲荷社本社の右にあり、小祠。
【稲荷社】(推定)

除地1畝免除畑21歩、村の北境にあり、小祠村内秀明寺持

 

(立地等)

旧萩中村は、多摩川左岸(北)の低地(平地)であり、大半が水田であった。六郷用水南堀の分水が境内の北側を西から東に流れていた。多摩川の氾濫および高潮による浸水想定区域にある。1693年頃、羽田村より分村、明治22年羽田村発足に伴い同村大字萩中となる。
 

国土地理院地図

・緑は氾濫平野等、肌色は砂州砂丘、オレンジは自然堤防。

・萩中は東西に細長い地域、東西に六郷用水南堀の分水が複数流れる(現在は暗渠)

・青矢印は、非常に珍しい「七差路」(後掲画像あり)。稲荷社の旧社地はこの近く

 

測量図(明治末頃)

 

七辻(大田区東六郷1-16-10あたり)

・大正6年開始の耕地整理(事業期間10年程度)の結果で生じた七差路

・耕地整理は大正6年の高潮被害を契機に実施されたのであろう

 

神明鳥居

 

 

 

狛犬(明治百年記念として昭和43年建立)

 

 

社殿(大正6年高潮後の再建のまま? 戦災は免れたか不明)

 

 

 

境内内の児童公園と稲荷社

 

東管守稲荷神社

 

「トウカンモリ」だと思うが、一般には「稲荷森」が多数で「東関森」もある。

 

手水盤(天保12年(1842)奉献)

 

 

狛狐(昭和59年建立)

 

 

本殿