青雲稲荷神社(品川区東大井1-2-9)
(主祭神)
宇迦之売命
(沿革等)
創建年代不詳。元々は泊船寺境内堂後の山上に祀られていたが、後に現在地に移転したという。寛政11年(1789)の泊船寺の書上に「拝殿等無之祠處不詳」とあるという。大井村七稲荷のひとつ。
*泊船寺は永徳2年(1382)開山、本尊の阿弥陀如来は海中より出現したものと伝わる。17世紀後半の住職千巌宗億が中興、松尾芭蕉と親交があったため遺構が残る。
*現存する大井村七稲荷は、青雲稲荷、白玉稲荷、梶原稲荷なのだが、そもそも「大井村七稲荷」が何なのか不明。
*新編武蔵風土記稿「大井村」
【泊船寺】
境内除地二段八畝二十八歩、當寺も御林町にあり、臨済宗江戸赤坂種徳寺の末なり、天林山と號す、永禄二年開山龍光和尚草創せり、中興を千巌億座元禅師と云、延寶八年二月二十四日示寂す、本尊弥陀を安。
(中略)
稲荷社。二間四方の社なり前に木の鳥居を建、正一位青雲老稲荷大明神と扁す
(立地等)
・現在は鮫洲駅の北の京急線高架の東側にあるが元は「泊船寺境内堂後の山上」にあったという。現在は狭い生活道路を挟んだ東側は泊船寺墓地。
(国土地理院地図)
・紫は台地末端の崖地。元々はこの崖上に鎮座していたのはなかろうか。
戦前期の地図
・鮫洲駅が現在より北側にある。泊船寺と青雲稲荷が第一京浜で分離している。
・白山宮(昭和4年に鮫洲八幡神社合祀)は仙台坂の北の海晏寺の境内内であった。
迅速測量図(明治初中期)
・元々の泊船寺の境内が推定可能。左は伊達邸の敷地。
境内
現在は京急線の高架の南側に立地。
手水舎(詳細不明)
古い年代を特定できるものは見当たらず。











