中目黒八幡神社(目黒区中目黒3-10-5)

 

 

(主祭神)

誉田別命

(相殿)天照大神 *合祀された経緯が不明

 

(社格等)

ー(旧中目黒村の総鎮守)

 

(沿革等)

創建年代不詳。別当寺の寿福寺が明治8年に焼失したこと等かなどから関連資料が乏しい。但し『村指出銘細帳』(一般に1871年まで作成)に「宝暦十三年(1763)末」の記述が見られること、境内樹木の樹齢、江戸幕府が寛文年間(1660年代)、農村に八幡神社の建設を奨励していたことから、江戸初期から中期の創建と推定されている。


*新編武蔵風土記稿「中目黒村」

【八幡神社】
除地150坪、村の西の方字神明前と云所にあり。小山の上に社あり。5尺四方にして東北に向ふ。前に鳥居をたつ、村の総鎮守なり。勧請の年代詳ならず。祭礼年々9月18日十二座の神楽を奏す。上目黒村寿福寺の持。

 

(立地等)

旧中目黒村は、目黒川右岸の武蔵野台地とその斜面で形成。水田は少なく畑が中心。

(国土地理院地図)

・境内東端の鳥居前は現在四差路であるが、かつては南向き道路はなく三差路。

・北から南西に向かう道は駒沢通り。社殿裏側は区立中目黒小学校。

陰影起伏図

・標高は、山手通り8m、鳥居11m、社殿19m 、小学校23m。

・河岸段丘の斜面上にあるが下から見ると「小山の上に社あり」と見える。

 

明治末頃の測量図

・風土記稿では小名「神明前」→「八幡」。目黒川の右岸には水田があるが右岸は畑作。火薬製造所は現在の防衛庁艦艇装備研究所と東京共済病院など。

・右岸は字「田道」で現存する田道橋を渡って田道耕地などがあった。当神社前を南に向かう道は旧道らしい佇まいが残り大鳥神社あたりまで続く。

 

鳥居(昭和11年建立)

・鳥居前は四差路となっているが、明治末頃は三差路であった。

 

社殿までは石段(2か所)を登る(武蔵野台地の斜面)

 

参道は東西にあり、中央の社殿は東南向き

 

社殿(昭和11年建立)

 

狛犬

 

 

 

 

 

手水盤(文政十年(1827)奉納)

・今回参拝時に見た範囲では最も古いもの

 

 

境内社の三峯神社

・中目黒には三峰講がようだ(旗に、オオカミが印されている)

 

 

西側の鳥居(明治二十八年)