寺谷熊野神社(横浜市鶴見区寺谷1-21-7)

 

 

(主祭神)

国常立尊、伊邪奈岐命、伊邪奈美命

 

(社格等)

旧村社(旧東寺尾村―)

 

(沿革等)

創建年代不詳だが、延宝年間(1673-1681)に別当弘誓寺の僧が当地を開拓し、紀伊国熊野権現の勧請して創建したと伝わる。明治初年に弘誓寺は廃寺。


*新編武蔵風土記稿「東寺尾村」

【熊野社】
字二本木臺にあり、幣束を神體とす、勧請の年代詳ならず、社地は丘の中腹にて松樹をひ茂れり、ここより石階二十五級を下りて石の燈籠あり、其邊に又石鳥居をたつ。
【別當弘誓寺】
社地の下に居れり、新義真言宗にて神奈川宿金蔵院末、慈悲山と號す、客殿六間に五東向、本尊観音行基の作と云傳ふれども、秘佛なりとて其長を計ることを許さず、開山も詳ならず。

 

(立地等)

寺谷は、下末吉台地から鶴見川右岸に向けた北東に開けた谷(谷戸)にある。一方で台地部は(旧)二本木(台)である。当神社は、寺谷の北側の丘(二本木台)の中腹に立地している。「寺谷」は現在は「てらや」であるが明治末の地図には「てらやと」とルビがふられている。

 

明治末頃の測量図

・中央に「弁天大池」(農業用のため池)があるが、大正時代に埋め立てられた。

・右下に「成願寺」があるが、1911年に総持寺にその敷地の大半を譲った。

 

丘の斜面に境内があることがわかる。風土記稿の当時は石鳥居であったようだ。

 

 

「石階二十五級」(風土記稿)。いつもながら風土記稿の記述はかなり正確である。

 

社殿

 

狛犬(昭和17年奉納)

 

 

狛犬台座

「昭和十七年七月一日 正遷座祭記念」とある。

 

 

境内の東側の急な坂道

・この道は台地面まで行けるようで、昔からあるようだ。

 

 

 

立派な神社なのだが、由緒や経緯などがわかる資料に乏しい。不思議。