小向八幡大神(川崎市幸区小向西町3丁目28)
(主祭神)
応神天皇
(社格等)
―(小向村の実質的な鎮守か)
(沿革等)
創建年代不詳。寛文7年(1667)銘の棟札があったという。小向村の成り立ちからすればこの頃の創建というのは無理がない。
*新編武蔵風土記稿「小向村」
【八幡宮】
村の西北にあり、社の上に覆屋あり二間に三間半、勧請の年歴は傳へず、寛文七年の棟札もあれど、此時新に建立ありしとも云傳へず、例祭は毎年九月十九日、千巻陁羅尼を讀経す、村内妙光寺持
(立地等)
小向は、かつては大半が多摩川河川敷(堤外地)であった。ガス橋から六郷橋あたりまで府中街道沿いが自然堤防、その東側は旧流路・氾濫低地。旧集落は自然堤防に立地
当神社は、小向村の中心部の西の水田の中にポツンとあったようだ。
小田原北条氏旧臣が土着化し開拓したという。農業生産力が高くなかった。
明治中期以降は工場立地が進む。1937年に東京電気の工場(現在の東芝小向事業所)が立地(無線機製造)したが川崎大空襲により生産現場の9割を失ったという。
当神社は東芝小向事業所の南側に位置する。川崎大空襲の被災地図と照合すると当神社は戦災の範囲外に見える(検索したが空襲被害の記述は見つからなかった)。
明治末頃の測量図
鳥居
・鳥居前の石柱の背面に「奉納 東京芝浦電氣株式會社」(1939-84の使用社名)。
・玉垣には「馬主」団体が見られる。川崎競馬小向厩舎(練習場)の関係であろう。

社号碑(「明治維新百年記念 ・・・・昭和四十三年八月」との銘あり)
「八幡宮」二ノ鳥居(昭和29年再建とする資料はあるが未確認)
社殿(建立時期不明)
・境内にある碑類には昭和六十年の「八幡神社建設寄附者芳名」とあるのでこの頃か






