古川神明神社(川崎市幸区古川町63)
(主祭神)
伊邪那岐命・伊邪那美命
宇迦之御魂神(相殿)
(社格等)
―(古川村の鎮守か)
(沿革等)
創建年代等不詳。風土記稿にある「相殿」「木鳥居」は現在でも同様の姿を伝えている。風土記稿は、当地旧家は北条氏政の庶子と母親が戦乱を逃れて土着化したことに始まるという。。江戸初期に開拓がはじまり、当村の鎮守として祀られたのであろうか。
*新編武蔵風土記稿「古川村」
【神明社】
字鶴見田にあり、稲荷を相殿とす、前に木鳥居あり、例祭年々九月十九日、村民持なり
(立地等)
古川村は、多摩川の右岸(南岸)の旧流路で、瀬替わりにより洲となり開拓されるようになった。集落は自然堤防上、水田は氾濫平野にある。六郷領(多摩川左岸)にも古川村があるため通称は「戸手古川」と称された。水田中心だが深い泥田で耕作に難があった。当神社は、古川村の中心部にあり、大師河原用水堀が村の北を戸手方面に流れる。
明治末期の測量図
(左)塚越御嶽神社 (右)古川神明神社
社殿が不自然に左寄り。敷地は正方形なのだが町内会館の建物に囲まれている。
扁額
・一般に祭神は「伊邪那岐命・伊邪那美命」とされているが、この扁額からすれば、宇迦之御魂神も対等な位置づけと認識されているのであろう。
古い手水舎
「嘉永六〇〇年」と読める(1853年)
古川庚申堂
・樹齢50年程の銀杏の下の庚申堂に、笠間稲荷大明神の庚申塔が収められている。
・手足を患った者が信心すれば回復すると伝わる
三猿部分が破損してしまっている










