梶ヶ谷神明神社(川崎市高津区梶ケ谷4-13-6)

 

 

(主祭神)

大日孁貴命(天照大神)

 

(社格等)

旧村社(梶ヶ谷村の鎮守社であった子之神社を合祀し村社に列格した)

 

(沿革等)

神明社の創立年代等は不詳だが元禄(1688-1704)以降の創建と見られる。明治3年に梶ヶ谷村鎮守の子之神社を合祀した。昭和43年に土地区画整理により境内整備及び社殿を再建。

 

*新編武蔵風土記稿によれば梶ヶ谷村の神社は次のとおり

(子神社)村の東丘上、村の鎮守、西福寺持、末社(牛頭天王社)

     →西福寺の隣接地にあったと思われる(現:西福寺墓地あたり)
(神明社)村の西の方、西福寺持、末社(三峯社・秋葉社)

 

(立地等)

幡ヶ谷は、台地とその谷、矢上川の低地で構成され坂の多い場所。

・当神社(左):台地上にありその斜面に急な参道がある。

・西福寺古墳(右上):5世紀後半~6世紀初頭の円墳
・西福寺(右下):天台宗寺院で安土桃山時代までには開山していたようだ。

なお、当地周辺は梶ヶ谷神明社上遺跡が発掘されている(弥生時代中期の住居跡)

 

昭和41年地図

・円福寺の東に神社がある(明治39~昭和41、その後は消滅)が、これは合祀した子神社が残っていたのではなかろうか(風土記稿の記載は円福寺と同じ場所)。

 

陰影測量図

 

鳥居

 

 

鳥居周辺には石仏石塔などが残っている。

 

 

 

狛犬(大正期)

 

 

参道を登る途中から

 

参道の階段を登り切りって振り返る

 

社号碑

 

境内

 

境内社

 

社殿

 

 

(参考)西福寺古墳(神奈川県指定史跡)

・矢上川により開かれた細長い沖積低地を望む標高約46mの台地上縁辺部に立地

・梶ヶ谷周辺には、他に馬絹古墳や宮崎大塚などの古墳が集中
・直径約35m・高さ5.5mの円墳。周溝の中から多量の埴輪片が発見された
・築造年代は5世紀後半~6世紀初頭頃と考えられている