東京に帰ります
明石に住んで早10ヶ月。東京もいつしか帰る場所となって、拠点は確実に関西に移ってきた。
本当は東京に戻りたいという気持ちと、どこか相容れない雰囲気に戸惑うことはある。
それでも、やっぱり「住めば都」か、仕事とのバランスも悪くない。
今ふと、本を読みながら「私は、この本を読んで旅に出た」という題を見つけた。
「旅」なんて、仰々しいようで旅行や合宿の違いすらもわからない。
それでも、今この場所から「旅立つ」ことに想いを馳せると無性に魅力的な言葉に聞こえる。
今ここから旅に出ることに、心底憧れる。
会社を辞める必要があるのか、お金は足りるのか、そもそもどこに行きたいのか(笑)
ここまできたら、どこへ行くにも楽しまなくちゃ損かもしれない。
東京にかえるにしても、会社に行くにしても、もっと自分の立つ場所を楽しまなくちゃ
明日、東京に帰ります。
すでに3ヶ月に一回のペースだけど、関西にいるから楽しめる東京もあるしね。
マンマミーア
劇団四季のマンマミーア
東京での公演を結局見ずじまいだったのに、大阪で出会えてついに行ってきた
音楽や演劇って実際やったことは無いけど、映画を見るよりも一体感があって初めてスタンディングオーベーションも経験した。
映画は感情移入しやすいけど、演劇は全体の一体感を感じる。
見終わって「あれが良かった」「これがよかった」と振り返るよりも、すっごくなぜか自分がもっと前向きに楽しく生活できる気がした
これまで芸術(音楽や演劇や美術や工芸・・・)とはまったく無縁だったことを改めて思う。
スポーツはスポーツのよさがあるけど、自分と向きあう実感は切り口が違えど芸術の面からも試みてみたい。
今は大阪にプラド、京都にルーブル、神戸にオルセーと美術展が目白押し。
それでも、大学から見続けてきた展覧会は見飽きはしないけど、そろそろ次のステップに移っても良いかも知れない。
何か始めてみようかと、いつものように「思うだけ」は悪い癖。
実際にひとつ手をつけてみようかな
だんだんと肌寒くなってきて、そろそろ紅葉の季節も始まる
服と一緒に気持ちのほうも衣替えのチャンスだ
登頂
山岳部の後輩小山がヒマラヤの未踏峰パンバリヒマールに初登頂したという速報が入った!
本当にすごいと思う。
一年生から見てきて、ここまで突き詰めることができたのは本人の忍耐力と山を存分に楽しめる前向きさによるんじゃないかな。
自分が遠征に行った時には、目の前にして自分の登頂はならなかった。
多くの育てくれた人、山岳部の仕事を引き受けてくれた同期とその後輩、大学関係者、家族へは申し訳ないというより恥ずかしい気持ちだったのを覚えている。
励ましなのか同情なのか失望なのか、その話題になることが悩ましかった。
それでも登り続けることができたのは、山が好きだから以上に、登るメンバーが楽しかった。
失敗も含めてフォローされることがありがたかった。
そこまでの過程を知ってくれている人の存在が、とても大切だということを実感した。
確かに結果は過程よりも自分にとっては格段に励みになる。
手に入れられなかったものは、綺麗ごとを言っても結局は自分の力不足を認めるしかない。
小山の登頂を聞くにつけてあの子の努力は実を結んだと思うし、今後一層の活躍を期待したい。
そして自分も、先輩後輩という間柄から、同じ山を楽しむ人としてリスペクトすることを素直に認めようと思う。
4年間をともにした同期の大塚がヨセミテから帰ってきて、二人だけ残った後輩の小山がヒマラヤに登頂した。
自分らしくの登山も大切だけど、これまでの登山を風化させることはしたくない。
思い出に浸る前に、もう一度あの世界観に浸りたい。
涙
感情を表現したり、思いをストレートに伝えることって本当に難しいと思う。
言い足りないことを心配して多弁になることもある。
恥ずかしいから言葉少なに曖昧なままになることもある。
BLOGも見る人が違えば伝わり方も微妙に違うんだろうなって最近は感じる。
今日は映画「涙そうそう」を見てきた。
そして単純にも泣けてきた。
普段の会社生活で、愛想笑いもあれば無意味なうなづきもある。
ただ、涙は自分の本当の気持ちを無意識に表現することなんだと思った。
うれし泣きも悲し泣きも、自分の飾らない感情の表出。
自分が何に感動して涙したのか、それを知ることは自分自身の「今」を確かめる事な気がする。
何に感動するかを知る以前には、何に感動してきたのかを覚えているような、そんな思い出がたくさんある人になりたい。
涙のを分かち合うことはできないけど、いつ誰といても、たまには素に戻れる自分であり続けたい。
そんなこんなで今日晴れて25歳になりました。
成人してから早5年。
今まさに今後の社会人としての岐路に立たされていることを自覚して、置いていけない自分らしさを振り返ろうか。
手紙
手紙って、いいかもしれない。
最近書いてないけどすごく良いと思った。
この前ガミが送ってくれた手紙はメールじゃ感じ取れないもんを感じる。
最近は仕事を始めて毎日毎日パソコンの画面を見ている。
いつしかフォントまで気にする今日この頃。
でも手書きの手紙は、便箋のセンスから文字の並び方まで個性そのものだ。
生まれ育った千葉の友達、大学の友達・職員の方・山岳関係者、全国に散った会社の同期、関東にいる家族親戚。
思えば自分はだいぶ遠くに来たようだ。
たまには手紙で懐かしい友達に近況を知らせるのも良いかもしれない☆
めぐり合いの大切さを身にしみながら、何もしないことは心が不健康だ。
年賀状も最近はメールで帰ってくることも多いけど、地道にお手製を貫きましょい(^~^)
そんなわけで会社帰りに便箋と切手を買ってきたけど、肝心の封筒忘れてた(笑)
酔いに任せて
今日は久しぶりに飲んでしもた。
課の飲み会のあとは、なぜかラグビー部の飲み会に合流↑
酔った酔った煽られ煽られ「入部届け」なるものにもサインしたような・・・。
しかも後見人は高砂クラブのマスターと書いてあったような・・・。
まぁまぁ。
時には流れに身を任せてみるのみ良いよね。
きっと思いもよらない出会い発見→人生変わっちゃったりして☆
思い返せば山岳部に入ったことで運命を変えてもらったことも事実。
あの時山岳部の先輩に「雪山へ行こう」と強く誘われなかったら今頃は平々凡々な生活だったんだろうな
「一度しかない人生」
時にこの言葉は勇気をくれる。
背中を押してほしいと思うときに、何か運命的な出会いがあれば、それは神様がくれた選択肢。
どうやら見過ごすことができない岐路に今自分は立たされているのだろうか?
中々酔いがさめない上に頭の中でガンガン鐘が鳴り響いている
うんーーん。寝よ
イルマ-レ
大阪で久しぶりの映画を見てきた。
でも、休養と活動のバランスが最近不安定なのかな。
いつもなら満たされた気持ちが、今日はちょっと疲れ気味・・・。
明日からの仕事が嫌というより、妙に無気力。
何がやりたいかわから無い上に、このままじゃただの事なかれ主義に陥りそう><
映画のように、信じることが未来を変えることもあるかも知れない。
スクリーンの世界だなんて冷めたことは考えたくない。
でも、今こうしてチカラが出ないのはどうして??
明日から一週間、思いつめすぎないように頑張らなくては。
腰をすえて、みてみたい。
最近は明石から他県へ足を伸ばす機会がとても多くなった。
8月が終わってから和歌山・大阪・奈良・京都と毎週末どこかへ向かう。
とても充実して、社会人でありながら体いっぱいに開放された気持ちに慣れると疲れさえも心地よくなってきた。
最近はブログに何も書き込まなかったけど、日々会社とプライベートのバランスに頭を働かせ、ついには社会人生活も半年を迎えようとしてる。
時がたつのは早い早いと思いながら、振り返ったときまだまだだなと感じる切迫感にさいなまれることはいつになったら卒業できるのかとも思う。
10年目の人たちが何を感じながら仕事をしているのか。
上司としての責任か、仕事が何なのか。
それ自体を考えてるのか、それともあること自体が当たり前の自然体か。
9月9日(土)~10日(日)
奈良県明日香村へは大学時代から行きたいと何度も思いながら足を伸ばせないでいた場所。
日本史の資料集に出てくる「日本」の始まりだと一番初めに感じるところ。
実際一泊二日で明日香村だけをじっくり見ることができたことは、他を放浪しながら広く浅く見る観光よりも深く思い出に残る散歩となった。
石舞台古墳でその深さと広さ、紙面で感じ取れなかった思いのほか涼しい空間を知る。
自転車で日本縦断しているという人と知り合いながら、会社以外の人と自分のやってきたこと、これからやりたいことを思いっきり夢膨らませながら話すのは久しぶりに自分自身の今後にドキドキした。
無理だとか、もう時間が無いよね。。とかいう後ろ向きな考えはどこかに吹き飛び、「いつかは、こんなこと面白いんじゃないか」とお互い励まし勇気付ける会話が現実的な社会から切り離されたようで気持ちが良かった
彼の会社を辞めて自転車のたびを始めた本当の理由は知らない。
でも、後悔を微塵も見せない姿に良いも悪いも自分次第。いづれにせよ今できることに最高の瞬間を感じている印象だった。
そんな出会いのあと、夜は甘樫の丘で夕暮れ時をじんわり感じていると、国営公園警備のお兄さんが話しかけてきてくれた。
「あれが耳成山。左が畝傍山。右が天香久山。あわせて大和三山でその三峰に囲まれた盆地が藤原京跡地だ」と教えてくれる。
たった16年間であり、今では刈り取り前の稲穂が頭を垂れる田園が、かつての日本の中心だと想像することは、容易ではないが想像することの楽しさ、その余韻にいつまでも浸り続けることができた。
(その後お好み焼きをおごっていただき感謝感謝☆)
観光が産業として息づく街が全国に増える中で、明日香村は本来の農村の姿を保ちながら、併せて飛鳥めぐりを楽しみにする観光客を迎え入れてくれているような感じがした。
営利目的の臭いがとても薄い。
野宿だから朝の5時くらいから散歩をしていると、地元の爺さんやばあさんは屈託無く話しかけてきてくれる。
そのうち自分からも話しかけてみたくなった。
観光地としての明日香村は微塵も無く、「またきたいな」と、ぼんやりと帰りの電車の中で感じることは中々ないだろう。
自分が好きな土地が現れたことが嬉しくて、誰に批判されることも無く、気兼ねなく足を向けることのできる小旅行に再び魅力を感じた。
9月16日(土)
当初は鳥取と島根の県境にあり大山に行く予定だったが、台風の影響を考え後日に延期した。
そこで時間も夕方ながら高砂神社へ行くことに。
高砂神社といえば、結婚で有名な社。結婚式の高砂席もここに由来するらしい。
でも、先の明日香村とは違い、ブライダル都市を標榜して神社自体がどこかうら寂しい雰囲気。かつ住民は住民。神社は神社で立て看板が置いてある入り口だけ綺麗な装いはどこか好きにならなかった。
どうせなら壊れたものもそのままにしたら良いのに。
工場地帯にあるだけに無理も無いと思う人の流れ、緑少ない煙まみれの都市にブライダルという透明感のある響きは似合わない。
身の丈にあったことが一番似合う。
そう思いながら自分自身に言い聞かせるようにしてあとを去った。
その後夕方から岡山の備前にいって焼き物の里→閑谷学校を見学。
暗くて遠めにしか見えなかったけど、逆にライトアップと普段目にする解説の看板も見えないために一連の想像ばかりを働かせて、それも中々できないことだとその場を後にした。もう一度来たいと思うし、焼き物はぜひ近いうちにチャレンジしたい。
9月17日(日)
朝から京都天橋立を見に向かう。
日本三景は宮島以来だが、予備知識はゼロに等しい。
それでも自分のこれまで見てきた景観に新たな流れを加えるように、天橋立は見入ることを約束された場所だと思った。
「白砂青松」といいう言葉がここまで合う土地も他には少ないだろう。
その後城崎温泉に行っては情緒漂う旅情感たっぷりの街に一目ぼれ。
海の幸でおなかを満たして外湯めぐり。
火照った体を覚ましながら、灯篭のやわらかい光が照らす夜の温泉街。
後ろ髪引かれる思いであとにするは、次へのステップ☆
そんなこんなの最近の週末は、何も形には残らないけど、日々の荒んだ心を洗い流す素敵な2日。
もちろん新しい登山靴がほしい!テントがほしい!お金なんて足りない足りない!の生活だけど、今はこれで満足してるので、しばらくはこんな生活が続きそう^-^
本来放浪癖は無いので、いつかは落ち着く小旅行熱も、次へつながるステップと感じながら明日からの仕事にせいをだしていきまっしょい
今この瞬間が熱いと思えるか。
5年ぶりの甲子園球場。
球状の前に立つと、身震いするほどの歓声が空から降ってきた。
否応なしにスポーツの熱さと、かつての夏の日々がこみ上げてくるのを感じる。
ちょうど5年前、山岳部にも入部してなかった自分は千葉から車で甲子園を見に行ったとき以来だ。
あのころはまだ大学生になり立てで、「四国にラーメン食いに行こうぜ~~」ってノリだけど3泊4日の自由旅行にも出かけられた。
あの時の自由は今でも思い返せるほどに鮮烈に記憶に残っている。
きっと新しい世界だったんだろうなと思う。
でも、新しい世界のドアを開くときは、唐突なときもあれば、じっくりかけることもある。
今日、甲子園に行ったのは朝日新聞の取材で鹿児島から出てきていた吉永君に会うため。
彼とは大学は違えども、日本山岳会の遠征隊では2ヶ月近く一緒にすごすことで仲良くなった。
あの遠征も、実質数ヶ月単位でことが運んだが、未踏峰の存在を一歩づつ確かめるようにして毎日を過ごし、自分の新しいドアを確かめるようにして、また一つ開けながら今の自分に至ったように思う。
いづれも共通することは自分の経験が肌感覚としてずっと残っていること。
恋愛感情がいくつもの出会いや別れを経験して、すこしづつ豊かになっていくように、自分自身の存在の感じ方も、結局はこれまでの身の振り方に立脚されてきたように思う。
今が楽しければそれでいいって考え方は、これまでどこか腑に落ちないように思ってきた。
じゃあこの先何かあったらどうするんだよ・・って。
でも、今は「今が楽しくなければ次もそこからスタートなんだ」って感じる。
先々を見据えすぎると、今を見失いかねない。
先々を楽観したり、悲観したり。
それも大切だけど、今この瞬間に先々を変えられることは難しいし、変えられても結局未来を楽観悲観しかねない。
今をもったいないと感じられるようになったことは、ほんとうに嬉しいことだ
念願のボート部
天気最高!
もうこれは外に出るしかない!ということでボート部の練習に参加してみた
海でもなく、山でもなく、空でもなく。今回は「川」!
そしてカナダでやったカヌーではなく競技としてのボートに挑戦だ
ボートに関する思いは昔からかすかな思いとして心の片隅にあった。
小さなころに母の知り合いの参加する早慶戦を見てすでに10数年。
大学入学時には、寸でのところで山登りに変えた。
思えば浪人中に映画「がんばっていきまっしょい」に感化されたことが懐かしい
あのころはボートのようなチームスポーツにも憧れたし、何よりも水面をアメンボのようにつたうエイトが美しく感じた
今回はほんと、少しの時間だけ漕がせてもらっただけ。
それでも、その操舵性の難しさはいざ知らず、水面に駈ける風は、漕ぎ手の呼吸に合わせて体いっぱいに感じる。
うだるような暑さの中にも爽快感満点の気持ちよさ◎
ずっとやってみたかったことが叶うことは何か久しぶりな気がした。
きっと自分の中には言葉にならないような欲求がたくさんあるんだと思う。
それを留めたままでいいのか?
それが自分のありのままか?
それが自分のベストなのか??
答えはNO!
色々なことを体験したいのは移り気があると見られるかもしれないし、一つのことに熱をこめられる人は本当にかっこいい。
でも今は、それに憧れて無理をしながら凝り固まった固定観念にさいなまれる事無く、気の向くままに体を動かすこともいいんじゃないかなって思う。
そうすれば、また内なる自分の欲求を満たすキッカケになることを信じて
次はスキューバダイビングをやって沖縄や小笠原に行ってみたいな:*:・( ̄∀ ̄)・:*: