翻訳家の岸本佐知子先生のエッセイ集でございます。

 

2000年から現在まで、いろいろな媒体に書かれたものを

集めたので、約2・5センチという分厚さに。

 

あいかわらずとぼけているのか、いないのかの、摩訶不思議岸本ワールド。

 

個人的には書評コーナーが一番楽しめました。

 

特に2001年から2004年あたりまでの

朝日新聞の「ベストセラー快読」という連載。

 

当時売れていた本の批評ということで、

岸本先生の好みの本とか関係なく、とにかく売れている本について語る。

 

自己啓発的な本が多いのですが、

(これがまた、絶妙なからかいで笑える。詳しくは読んでね)

なぜかそこに浜崎あゆみの写真集も批評の対象に。

写真についても語られるのですか。

ほんと、対象の幅が広いなあ。

 

内容は、アイドルの見分けがつかない、といったところから始まります。

 

確かに1990年代あたりから、アイドルはグループが当たり前になった。

岸本先生も書いているように、

当時大人気だった「モーニング娘。」なんてメンバー多いし、

しょっちゅう入れ替わるし、覚えられない。

 

先生は「その点、浜崎あゆみはいい」という。

理由は「何といっても一人だ」

 

そ、そこですかい!

そりゃ確かに、メンバーの入れ替わりはないし、襲名制でもないし。

 

まあ、岸本先生も別に浜崎あゆみのファンとかではない。

写真集についても

「あざといくらいにアンドロイドっぽさが強調された写真が続く」

と冷静に分析。

 

しかし、そんなシリアスな批評では終わらないのが岸本先生。

 

「『ま、アイドルはつらいよ、ちうことやね』。

カラオケに『昴』を入れながら、見知らぬおじさんが私の中で言った。」

こんな文章で浜崎あゆみ論(?)は締めくくられる。

 

この、「私の中の、見知らぬおじさん」というのが

岸本スピリッツなのだろう。

 

読んだ本にはまりすぎず、冷たくなりすぎず、

ユーモアと余裕をもって対応することができる。

客観性というヤツだ。

 

最も笑えたのが

「ケータイを持ったサル」(正高信男著 2004年)の書評。

 

私はこの本は読んでいないが、まあ想像通り

近頃の若者は…的な内容らしいです。

著者はサル学者。

 

岸本先生はこの本を

「おじさんたちの『夢の書』」だと言う。

今どきの若者たちのダメっぷりを糾弾し、サルにまで例えているのだから。

 

岸本先生の中の見知らぬおじさんも感動しているらしい。

そのおじさんにかわり、岸本先生自身が冷静さを爆発させる。

 

「著者は、学者として何より大切な客観性を投げうち、

神聖な研究対象をネタに使ってまで、世の虐げられたおじさんたちを

元気づけようとしているのである。なんと崇高な犠牲精神であろう」

 

わはははは。

岸本先生も、まあ少しはこの本に納得している部分もあるのかもしれない。

見知らぬおじさんも感極まっているというのだから。

 

だが、やはり岸本先生はクールだ。

著者であるサル学者が投げうってしまったものを、

きちんと持ち続けているのだ。

 

いやあ、なんかこの本読みたくなってきたなあ。

 

そして、こういう書評こそ、

私が読みたくて、書きたいものでもある。

 

その書評自体が楽しい読み物になっている、

そして、それを読んだ人が、題材になった本も読んでみたいと思う。

というのが私の理想なんですよね。

 

そこにはユーモアも絶対必要。

ま、これは個人的趣味ですけど。

 

これを軽やかにできる人って、

私が知る限り、岸本先生と三浦しをん先生だなあ。

 

お二人は交流があるようで、

(三浦しをんさんのこと、という短いエッセイも収録されている)

ファンとしてはうれしい限り。

 

そして、あとがきによると書評自体は、本書に収められたものは

ほんの氷山の一角で、まだまだあるそうです。

 

は、はよ単行本化してくだせえ!!

売れますって、絶対に。

この本だって、2300円もするのに売れてるし。

 

優秀な編集者の出現を待つ。