今話題の本ですが、幸い私は発売直後に入手できました。

近所の本屋さんで最後の一冊でした。ふふふ。

 

そんな7月上旬に出た本の感想を今ごろ書くんか~い、

とツッコミがきそうですが、

まあ、暑くてね…。だるさ倍増でね…。

今から書くから許してくだされ。

 

さて、この本は大変周到だと言えましょう。

 

ちまたにはびこる

「ナチスはいいこともしたはずだ、完全な悪なんてない、

現代の感覚で判断するな」

といった、一見正論に見えるような意見について、

詳しく、細かく検討している。

 

よく言われるのはアウトバーン建設などによる経済回復とか、

家族支援が手厚かったとか。

 

それらは果たして本当なのか…?

具体的にどんな政策で、何のためにやったのか、どんな結果をもたらしたのか。

 

いやもう、この細かさはさすがナチスを研究し続けてきたプロだからこそ。

一般人がここまで詳細に調べ上げるのは不可能でしょう。

 

で、すごく大事なことなんですが、

なぜ「ナチスは良いこともしたのだ」と言う人々がいるのか?

これについては本書の「はじめに」と「おわりに」に書かれています。

「おわりに」のほうが詳しいかな。

 

「ナチスを『絶対悪』としてきた『政治的な正しさ(ポリコレ』の専制、

学校を通じて押し付けられる『綺麗事』の支配への反発である」(P110)

 

おっと、厳しい。

 

だが、そのあとにいちおうフォローというか、

「たえず権威を疑って批判的に考える姿勢そのものは

けっして否定されるべきものではない」(P111)

と、疑問を持つこと自体は否定していない。

 

だが、そのあとに強烈な一言。

 

「いわゆる『中二病』的な反抗の域を出ず、

ナチズムが実際にどんな体制であったのかについては

無関心であることが多いようだ」(P111)

 

ありり~。そう言われてしまってはぐうの音も出まい。

 

そう、「ナチスって、そんなに救いようがないほどひどかったの?

いいとこなしなの? 私たちが学校で習ったことは真実なの?」

と疑問を持つこと自体はまあいいのだ。

 

そこからきちんと調べていけばいいのだけれど、

素人にはなかなか難しい。

それは単に歴史資料の入手の難しさ、ということだけではない。

調べかたというか、研究の方法を知らないのだ。

 

小野寺先生が書かれた「はじめに」では(ページが前後してすみません)

歴史研究は<事実><解釈><意見>の三層に分けることが重要だと述べている。

 

事実と意見はまあ、なんとなくわかるけど、解釈とは…?

と、ふつうはなるだろう。

ここでは「歴史研究が積み重ねてきた膨大な知見」とある。

詳しくは読んでください。「はじめに」だけは無料公開されているようです。

 

多くのプロフェッショナルが長い時間をかけて

研究し続けてきたその内容を知らないままだと、

そして知らないということ自体を知らないままだと、

「ナチスは景気回復させたじゃん、いいやつじゃん」

という単純な意見(というほどのものでもないが)になってしまう。

 

まあ「良いこともした」と言う派は、本書を読めばいいのだが、

たぶん読まない。

読んだらアイデンティティが崩壊しかねないからね。

自分が信じていた正義が崩れ去るのは恐ろしいことだ。

 

「おわりに」を書いた田野先生もそのことはおわかりのようで、

「説得するのは無理」と述べられている。

 

だが、悲観的ではない。そのあとに続けて

「しっかりとした知識を持つ第三者の数を増やしていけば、

それは歴史修正主義的な風潮に対する社会の免疫を

強化することにつながるだろう」とある。

 

そうですよね、プロが入門書を書いてくれる、

というのはとてもいいことだと思います。

 

そのあとで「それだけでは十分ではない」「専門家がどのような語り口を

とるべきなのか、筆者にも明確な答えがあるわけでない」

とも書かれています。

 

ですが、プロの研究者による、

一般向けのわかりやすい本はとても意味のあることだと思います。

本業がお忙しいでしょうが(論文を書くことなんだそうな。そりゃそうか)

またぜひよろしくお願いいたします。