おはようございます![]()
昨日は一乗谷朝倉氏遺跡と越前大野に行ってきましたー!
どちらもめちゃくちゃ良かった![]()
遺跡やお城はもちろん良いのだけど、人が良い!
福井の方って皆さん優しい![]()
どちらもまた行きたいです!
旅程
5/6(7日目)
・かでな未来館(不発)
・軽便与那原旧駅舎展示資料館
・ソーキそばでお昼ごはん
・ゆいレールのエキタグ収集
5/7(8日目)
・飛行機で帰宅
2026.5.6(水・振替休日)
かでな未来館は不発に終わりましたので、気持ちも新たに、与那原にやってきました![]()
ここは
与那原町立軽便与那原駅舎展示資料館
エキタグがある所です〜![]()
旧沖縄軽便鉄道与那原駅の駅舎を模した建物。
沖縄軽便鉄道は、1914〜1945年まで沖縄に存在した県営鉄道で、この与那原駅は与那原線の終点の駅。
沖縄軽便鉄道の路線図。
与那原駅舎はコンクリート造りだったため、激しい戦禍に耐え、わずかに痕跡を残したのだそうです。
2013年にここにあった農協の建物が移転。翌年の2014年に数少ない貴重な資料、当時を覚えている年配の方々から聞き取りを行い、当時の駅舎の姿が再現されたのだそうです![]()
(資料館HPより)
確かに昔の駅舎の写真と同じ!
入り口にいたこちらは、
三郎オジーさん![]()
馬車スンチャー(馬車引き)がモデルだそうです![]()
入館券はなんとレトロな切符。
自分で改札バサミでパッチンしたのですが、
服のポケットに入れっぱなしにしてしまい、洗濯したらボロボロに…![]()
展示室は広くはないものの、駅を思わせる案内板が面白かったです。
まるでホンモノの駅にいるみたい![]()
パネルは昔の写真を交えた軽便鉄道の歴史が紹介されていました。
私が気になっていたのは、鉄道が戦争で破壊されてから、ゆいレールが出来るまでの歴史。鉄道が復活しなかったのはなぜなのか気になっていました。
当時の知事が何度も米軍に対して鉄道敷設の要望を出していたそうですが、結局資材が届かず鉄道が敷かれることは無かったそうです。
昭和47年の沖縄の日本復帰以降も鉄道敷設の議論がなされ、2003年のモノレール(ゆいレール)の導入につながりました。きっとその頃はもう余っている土地が無く、モノレールという選択になったのかなーと思いました。
私が初めて沖縄に来た時にもゆいレールに乗ったのですが、あれはゆいレールが開業して2年後くらいだったんだなーとわかりました。あの頃はゆいレールから見える家々がとても古い家ばかりでビックリしたのを覚えています。今はもちろん綺麗な家と屋根しか見えませんが。そして今と違って観光客でギューギューではなかったです![]()
ここで受付のお兄さんが何やらiPadのようなものを持ってきました![]()
展示の所々にある『AR』のマークのところを読み込むと、いろんな仕掛けが現れるらしい![]()
試しに上の『ガソリンカー』のところのマークを読み込むと、
写真がカラーになりました![]()
レール幅比較。
沖縄軽便鉄道のレールはJRより狭いんだ![]()
床に書いてある線路のタグを読み込むと、蒸気機関車が走ってきました![]()
馬車スンチャーの三郎オジー?も登場![]()
建物の裏側は駅のホームだったそうで、出入り口に合わせると、昔の電車がホームに入ってきました![]()
これは面白い![]()
こういう仕掛けが大好きなので、展示室内の全部のARを見て回りました。
で、外に出てみると、
駅のホームの遺構展示。
ホームの柱が9本。これは昭和16年に建てられた二代目の与那原駅舎の鉄筋コンクリートの柱だそうです。
その後戦争で破壊されましたが、残った柱と壁を使って建物を改修し、与那原町役場として使われ、その後JA与那原支店として利用されてきました。
駅舎復元のため建物は壊されましたが、二代目駅舎として支えてきた9本の柱は残されたんだそうです。
凄い、時代を感じる柱でしたね。
他には与那原駅前の模型。
鉄道シミュレータなどもありました![]()
お土産も充実。
お土産のクッキーの試食も出来ました![]()
受付の中の事務所に2人の職員の若いお兄さんがいましたが、おばちゃん一人の見学者にも親切丁寧に対応してくれて嬉しかったな![]()
外に出ると、与那原のモノクロ蓋。
ここは見学できてよかったです。
雨だったせいか、見学者は私しか居ませんでしたが、ゆっくり見て回れてよかったです。
さて、お昼ご飯はバス停から資料館への途中にあった、沖縄そばのお店へ。
左側のミージマ共同売店さん。
ソーキそばにしました!大きなソーキが入ってて美味![]()
フーチバーは入れ放題でした♪
雨で濡れてちょっと寒かったので温かいおそばが美味しかったです![]()
与那原バス停から那覇市街に戻ります。
つづく。





















































この不自然な町の形はきっとそうですね










































