Reinaの三日坊主ブログ -2ページ目

哀しみの連鎖…

4月になりましたね。東京はもう桜が散ってしまいました。桜は入学シーズンに付き物だったけど、最近は卒業式シーズンの物になりつつある感じですね。

タイトルの「哀しみ」

先月の5日、父の弟である叔父が救急搬送されました。前日の4日には父の妹である叔母と叔父は電話で話をしたそうです。入院したからって叔父からの連絡だったそうです。

ちゃんと話が出来ていた叔父は5日に容態が急変し意識不明となってしまいました。父は病院からの連絡を受け、急いで病院へ向かいました。私はその日、実家に帰っていました。父の電話のやり取りを聞いて、すぐに病院からだと分かりました。母の時と同じ様に担当医に「先生にお任せします。」と言ったからです。

叔父は意識不明のままでした。日だけが過ぎていきました。そして、4月1日に父から電話がありました。父は動揺していて「意識不明になったから今から病院行ってくるよ」と言いましたが、おそらく心肺停止になったからと言いたかったのだと思います。

叔父は4月1日の夕方、天国へ旅立ちました。69歳でした…。叔父は20代の頃に難病になり、それからずっと入退院を繰り返す人生でした。

4月4日に葬儀を行いました。叔父の顔は安らかで寝ている様でした。叔父は父と性格が真逆で本当に穏やかで優しい人でした。父も優しいですが、少しキツい言い方をしたりする人なのです。お父さんも叔父さんみたいな性格なら良かったのに…と何度思ったか(笑)

母が亡くなってから1年も経たずの叔父の訃報は本当に哀しいし、辛いです…。父もかなり憔悴していました。母と叔父の分も父には長生きしてもらいたいです。これからも娘として、精一杯に父を支えていこうと思います。

母も叔父も天国でもう会ってるよね。病気から解放されて楽しく過ごしているのかな?

こちらはまだまだ哀しみは癒えないけど、お母さんと○ちゃん(叔父さん)が心配しちゃうといけないから、明るく過ごしていくね。

私もいつになるか分からないけど天国へ行きます。お母さんと叔父さんに会えることを願って、毎日を生きていこうと思います。


追伸


前回のブログと少し内容が被ってしまいました💦申し訳ありません!前回のブログでも叔父の事に触れていましたね(-∀-`; )


三日坊主だとこうなってしまいますよねぇ…以後、本当気を付けますm(_ _)m









3月になりましたね

お久しぶりにブログを投稿します。またサボりがちになっちゃったなぁ( ̄▽ ̄;)

年末年始は暮れは自宅、正月は実家に帰省しました。母のいない初めての正月でした。父とは紅白歌合戦の話をしたり、箱根駅伝を観たり…いつもとなんら変わらないお正月の光景です。でも母のいない正月がこんな寂しいとは…。

父は演歌大好きな人で、J-POPなんて一切聴かない人です。紅白も演歌が少なくて毎年文句タラタラ(笑)しかし、珍しく今年はとある曲を誉めたのです。

父「そういや、福山の家族になろうよだっけ?良い曲だな。紅白で聴いてたら良いなって思ってよ。」

私「家族になろうよ良い曲だよ!珍しいねぇ?お父さんがJ-POP誉めるなんてさ!」

CD買ってプレゼントしようと思ったら、それはいらないって言われました(笑)

家族になろうよは、福山雅治さんの家族についての素敵な曲です。父の中で母を思いながら聴いたから、心に響いたのでは?…と勝手に想像してます。

毎年、正月に実家に帰ると私は母と紅白について必ず話しました。母も私も音楽好きなので。この会話は2019年の正月の会話です。

私「お母さん、紅白どうだった?」

母「米津君のLemon、なんかあんま良くなったのよね(笑)楽しみにしてたんだけどねぇ(笑)」

母の中で米津さんの歌唱シーンはそこまで胸に響かなかった様でした(笑)※米津さんファンの方、申し訳ありませんm(_ _)m

今年も母と紅白の話をしたかったな…一緒にお雑煮食べたかったな…

今もしょっちゅう実家に帰りますが、未だに母のいない実家に慣れません。きっと一生慣れないと思います。ふと台所を見ると母が立ってる様に見えたり、電話の所を見ると母が電話してる後ろ姿が目に入るのです。きっと母は今も実家にいるのですよね。

そして…急な話が飛び込んできました。叔父(父の弟)が病院に救急搬送されました。心臓をやられている様です。たまたまその日、私は実家に帰っていて病院から電話が来ました。父が出て話をしているのを聞いていて、病院からだとすぐ分かりました。母の時と同じ様な言い方を父がしたからです。我々は素人だから、先生方にお任せしますと…。詳しい病状説明をしたいので今から病院に来て欲しいとの事で、父は仕度して急いで病院へと向かいました。私は戸締まりをし、自宅に帰り父からの連絡を待ちました。

20時過ぎに父から電話があり、叔父の事を教えてくれました。お医者様からそんな長くないと言われたと…。母を亡くしてまだ一年経ってないのに、またなの…?哀しみは続いてしまうの…?辛くてたまらなくなりました。

今のところ連絡はありません。少しでも叔父に奇跡が起きることを祈っています。

父との時間…

母が亡くなって2ヶ月…本当にあっという間に過ぎていく感じがします。もう季節は冬…母との最期の日は半袖を着ていたのに…

ひとり寂しく過ごしている父が心配なので、毎週1泊で実家に帰っています。正直、私は子どもの頃から父があまり好きではありませんでした。早く寝なかっただけで、おしりを蹴られたり…当時は本当に父にムカついてました(笑)でも、大人になった今…そんなこと全然気にならなくなりました。仕事が忙しかった事もあっただろうし、父にもきっとストレスはあったと思います。まぁ蹴ったりはしちゃいけませんがね…。

そんな怖い父と対照的に優しさで甘えさせてくれたのが母です。母も厳しい人だったら、私はグレていたかもしれません…。厳しい父と優しい母…良いバランスだったと思います。

父は未だに涙をポロポロ流しながら、母の死を思い出し泣いています。父は母が入院した5月の頃から泣いていました。ずっと夫婦二人で過ごした家にひとりになってしまった孤独感もあったのでしょう。痩せてしまった父を本気で心配しました。

胸が痛いと訴えた母を病院に連れて行った父…その時の父の不安は相当だったと思います。母が入院してから、父は着替え等、母が病院で使う物をバッグに入れ、 自転車で何度も運んでくれました。父の足は日焼けで真っ黒になっていました。退院して在宅医療になってからも、薬が処方されたら、往診に来てくださった内科まで処方箋を取りに行き、それを今度は薬局へ…暑い時期のことです。父は本当に頑張ってくれました。

父と二人で過ごす時間が増えて、父の良さ、優しさをとても感じる様になりました。嫌いだった時のことはもう封印です。時々、父も機嫌が悪くなり私にキツい言い方をする時もあります。前だったらムカついてたけど、今は聞き流せる様になりました。私もそれだけ大人になったのでしょうか?

生きられなかった母の分も父には長生きして欲しいです。娘としてサポートしていきます。