旅行貯金はフィラテリーなのか? | 郵便・切手から 時代を読み解く

郵便・切手から 時代を読み解く

切手コレクター必見! 経済評論家にして郵便・切手評論家でもある池田健三郎が、辛口トークと共に「ゆうびん」や「切手」を通じて時代を読み解きます。
単なる「切手あつめ」や「郵便物コレクション」とは次元の違う、奥深き大人のライフワークの醍醐味をお伝えします。

結論を先に言えば、旅行貯金(郵便貯金通帳を旅先に持参して、さまざまな郵便局で預入を行うことで押捺される局のハンコ<事務印>を集める行為)はフィラテリーではありません。確かに郵政事業関連のホビーではありますが、これをフィラテリーの一類型に入れるのは相当無理があると思います。

これを郵趣のカテゴリに無理やり押し込むとなると、多少の脱線は許容されるにしても、脱線転覆までいってしまう可能性が高く、これはいただけません。

誤解がないように申し上げておきますが、わたくしは旅行貯金それ自体を否定しているのではありません。それはそれで郵政事業関係のホビーの一種という位置づけなので、その意義は認めます。

ただ、フィラテリーの普及発展を標榜する組織が、旅行貯金までプロモートするということは、限られたリソースをみすみす他のホビーに流出させることに繋がりますので、経営論の常識に立てば容認されるものではないと感じているのです。

昔、昭和の末期頃、テレフォンカードが世に出回り始めて、瞬く間にブームとなった際に、これ便乗する形で全国切手展JAPEXの記念テレカを作るべきか否かが議論になったことがありました。

時の水原JPS理事長は当初、フィラテリーと競合する電話事業の副産物をプロモートすることには強烈な拒絶反応を示しておられましたが、結局、最終判断は実行委員会が押し切る形でGOとなり、「竜48文切手」をあしらったテレカを数量限定としてそれなりのプレミアムをつけて短期間に売り切ったので展覧会収支に貢献した形となり、結果オーライとなりました。

つまり、テレカファンの財布の中から資金を切手展収入に移転させたばかりでなく、彼らに多少なりとも切手の魅力を伝えられた可能性も否定できずということで、経営的にも筋の悪い施策とはならずにすんだのです。

しかしテレカブームがあっという間に消失したこともあって、切手展記念テレカの販売は、後にも先にもこれ1回きりで終わったと記憶しています。

では、旅行貯金を推奨することで、果たしてこのテレカの事例と同様に、フィラテリーへのプラス効果が期待できるでしょうか。昔ならば「郵便切手貯金台紙」に切手を貼って貯金ができた(画像参照)ので、その時代ならば切手と貯金の関係性は非常に緊密で貯金における郵趣的要素は多分にあったのですが、今日では答えは明らかにNOです。

【参考:大正期の郵便切手貯金台紙(大正12年 台湾・膨湖島での使用例)】
このように切手を貼付して抹消することで額面分の貯金をしたことになる(上は中身、下は表紙)



因みに公益財団法人日本郵趣協会(JPS)は、その定款において、郵趣(フィラテリー)の定義を、「日本及び世界各国の郵便切手類の歴史及び郵便制度の研究」と明確に定めています。

これはフィラテリーの定義としてはかなり狭いといえるでしょう。何しろ、切手類の歴史および郵便制度の研究だけが郵趣だというのですから、(条文を素直に読めば)テーマティクや切手デザインを楽しむといった活動すらはじめから除外されており、無論、旅行貯金など入り込む隙間すらありません。

それにも関わらず、郵趣団体が自分の機関誌の貴重な巻頭カラーページをつかって旅行貯金のプロモーションというのは些か理解に苦しむところです。

普通に考えれば、日本相撲協会の機関誌にプロレスやボクシングを推奨する記事を平然と掲載するがごときは許されるものではなく、これはフィラテリーの裾野を拡大することと、他のホビーに興味・関心・資金を流出されることの違いが分かっていないことからくる痛々しい勘違い行動(勘違いではなく故意にやっているなら懲戒処分モノですな)としか思われないでしょう。

いまや8000名を割り込んだ会員の興味・関心・資金を、わざわざ自分の機関誌をつかって他のホビーに誘導してどうするのでしょう。

私は機関誌購読料を上回る会費を負担して財団運営を支える正会員として、このような郵趣普及に逆行する仕事しかできないのであれば、もはや日本郵趣出版に編集制作を委託することはやめ、他の編集プロダクションに委託先を変更することも視野に入れよとの意見がでることもやむを得ないものと考えます。

というわけで、上記のようなロジックを踏まえ、この際フィラテリーの定義を今一度、整理して、きちんと目的と整合的な機関誌企画が行われるように是正すべきかもしれません。いったいこの先、どこまでフィラテリーの定義が「拡大解釈」されていくのかにも注目し、見守っていきたいと思います。