郵便・切手から 時代を読み解く

郵便・切手から 時代を読み解く

切手コレクター必見! 経済評論家にして郵便・切手評論家でもある池田健三郎が、辛口トークと共に「ゆうびん」や「切手」を通じて時代を読み解きます。
単なる「切手あつめ」や「郵便物コレクション」とは次元の違う、奥深き大人のライフワークの醍醐味をお伝えします。

郵便切手評論家・池田健三郎のブログへようこそ


1954年11月20日発行の「切手趣味週間 切手帳ペーン」には

「切手に学ぶ 世界の知識」

という標語が記載されています。
私は情報技術が目覚ましい進歩を遂げた現代社会にあってもなお、この標語にある通り、

知識の宝庫である切手や郵便について深く知ることが、人生をゆたかにする

と信じて活動しています。


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来年6月末からスロバキアの首都、ブラチスラバで開催される世界切手展SLOVPHILEX 2027 コミッショナーからのお知らせが更新されました。

 

それによると、展示作品のエントリーが12作品、90フレームに到達した由。

 

通常はFIP世界展においては最低60フレームの確保が望ましいとされているようですが、これを大幅に上回る作品数を確保されたのはご立派ですね。

 

殊に遠隔地、しかも日本の郵趣家にとっては馴染みの薄いスロバキアの地で開催される展覧会に、これだけの出品数を集めるのは容易なことではなかったでしょう。

 

この間、直接の呼びかけはもとより、SNSやメールなどを駆使して各所で出品慫慂をされているのを目にしましたが、それらの取り組みが見事に奏功して90フレームの確保に漕ぎ着けられたのは素晴らしいことだと思います。

 

私自身も、コミッショナー選対会議において山田コミッショナー選出に賛同したひとりとして安堵するとともに、この展覧会に出品することにいたしました(エントリーが無事にアクセプトされると良いのですが…)。

 

従来の国際展においては、積極的な出品物確保に取り組むこともないまま現地に赴き、結果的に展覧会主催者から十分な待遇(ホテルの無償供与や日当の支給)を受けられないことに不平・不満を述べたり補償を求めたりする残念なコミッショナーもいたようです。しかしながら、本年11月のPHILATAIPEI2026(台湾世界展)以降を対象とする民主的な選出プロセスによって選任されたコミッショナーは、今回の山田氏を含めていずれも積極的な活動を展開され成果を挙げておられるのは素晴らしいことです。

 

改めて、山田コミッショナーのこれまでのご努力に敬意を表します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PHILATAIPEI2026 コミッショナーからのお知らせが更新されました。

 

出品者がコミッショナーに作品を託すに際しての手続きをお知らせしています。

 

重要なご連絡ですので、出品者におかれましては必ずご一読の上、ご対応をお願いいたします。

 

 

 

 

 

来月のPHILATAIPEI2026に向けて、作品作りが大詰めを迎えています。

 

今回は飛脚~小判までの急速便のメインコレクションを出品する予定で、大物を複数追加しての「背水の陣」。当然、これまで審査員から示唆いただいた改善策をすべて反映し、全リーフを改作して臨むことになります。

 

昔と違っていまは作品制作は殆どPC上で行い、最終段階で印刷→現物貼り込みとなりますので、この段階にならないと実際のマテリアルをいじる局面にはなりません。

 

というわけで、いつも最終段階ではリーフの調達のために銀座・伊東屋に赴くことになります。お客さんの少ない時間帯を狙うのですが、最近はペーパークラフト専門フロアの7Fでさえ、訪日外国人で売り場が埋め尽くされているので、目的を達するにはなかなか骨が折れます。

 

それでも数百種類ある中から、きまった種類を指定して発注するので、順番がきてしまえばあとはスムーズです。

 

作品提出まであと1か月半、できる限りのことをやって天命を待ちます。

 

久し振りにフロア・オークションで大物を釣り上げました。

 

菊切手8銭1枚貼の東京市内便速達です。書状ですと3銭(書状)+6銭(市内速達)=9銭料金となりますが、これは印刷物なので書状は1銭安い2銭となり、合計8銭料金となります。

 

 

消印は衆議院内で日付は大正2年3月19日。宛先は内幸町です。麴町区内の発着便のため、到着便は押捺されていませんが、至近距離を速達で配達されましたので、かなりの逓送スピード(おそらく数時間以内)であったことは疑う余地のないところでしょう。

 

これは国会議員(貴族院議員)に対し議院(事務局)が公報を速達で郵送したものです。

 

名宛人の貴族院議員・山名義路(やまな よしみち)は、但馬国村岡藩の第2代(最後)の藩主(知藩事)で男爵、陸軍軍人であると記録されています。万延元(1860)年11月4日、初代藩主・山名義済の嫡男として生まれ、維新後は、陸軍教導団歩兵科を卒業し軍歴を重ねています。明治4(1871)年2月11日、知藩事となるも同年7月には廃藩置県で免官となり、翌月、東京へ転居。1911年7月10日から貴族院男爵議員に就任し、1916年7月11日に辞任するまで務めました。

 

国会議員の公報を送付した速達便は、これまでに菊切手貼だけでも同様の使用例が数通知られていますが、いずれもこのような形状をしています。

 

その後の大正白紙貼や旧大正毛紙貼となると、郵趣界にはこれと同様のマテリアルが十数通は存在するのですが、やはり菊切手貼は別格です。

 

これまでジュニア時代を含めて何度か筆者の前に現れたので入手機会が全くなかった訳ではないのですが、どういうわけかご縁がなく、即売会で買い逃したり、メールオークションで競り負けたりといった具合に、いつも機会を逃してきました。

 

こうした中で今回ばかりは「どうしても…」と意気込んでフロアに出かけた次第です。

 

フロアのスタート値は比較的穏やかだったので、当初はさしたる競争もなく落掌できるかと期待しましたが、さにあらず。現実はそのような甘いものではありませんでした。

 

フロアでは、最終的に菊切手の大家と激突することになってしまい、かなり競り上げられてしまいましたが、これを逃すと恐らくチャンスは無いだろうと考えて、無謀にも手を挙げ続けたところです。宿願叶ってもちろん嬉しいのですが、年内これから複数の重要オークションも控えているため、ヒリヒリとした若干の痛みも感じているところです。

 

久し振りに良い天気に恵まれたので、浅草橋まで遠征して切手市場とスタンペディアオークションのフロアセールに参加してきました。

 

会場入口の看板です。

 

 

切手市場はいつも通りの賑わいで、活況を呈していました。

 

 

1Fではスタンペディアオークションのフロアセールが開催されました。

 

 

本日の釣果の1枚。1次昭和5円藤原鎌足のペーパーフォールド上への印刷バラエティです。

 

 

少々ヤケが目立つコンディションですが、1シートごとに完封されるこの切手に関しては、製造面のバラエティ、とくにエラーに該当する材料は非常に限られており、耳紙の不整やこのような紙折れ上への印刷など、限られた形状でしかイレギュラーが発生しないだけに、このような小エラーであっても貴重なバラエティとして扱われます。

 

 

 

南東北三県の郵趣家が集う恒例の会が山形市内で開催され、わたくしも2016年から参加させていただいていますので、今回も顔出しをいたしました。

 

配布されたプログラム。今回も充実した内容でした。

 

盆回しオークションの様子。興味深い品がたくさん出ました。

 

終了後は地元郵趣家のご案内で蕎麦処へ。地産地消を謳ったメニューを選びましたが、やはり各段に美味しいです。

 

帰路に立ち寄った「道の駅」では特大の粒の葡萄をお土産に購入。良い味でした。

 

来年は岩手県での開催だそうで、いまから楽しみにしています。設営にご尽力くださった皆様に感謝申し上げます。どうもありがとうございました。

 

 

<PHILATAIPEI2026>コミッショナーから、フライト情報が共有されました。

 

それとともに、現地に赴かれる方(出品者)に対し、展覧会の効用を最大化していただくため、今月中にご回答いただきたいアンケートが発出されましたので、こちらでもお知らせいたします。

 

以下をクリックしてご覧ください。

 

 

 

2026年11月20日に台北にて開催される<PHILATAIPEI2026>のコミッショナー(3人目)業務も粛々と進めています。

 

私は特別賞の担当となっていますので、さっそくシルバーウィーク前に調達業務を開始し、丁度よい賞品が調達できましたので、その説明とともに画像を台湾展のコミッショナー・ジェネラルにメール送信しました。

 

国際展へ贈る賞品は、全日本郵趣連合が全国の国際展出品者から徴収する会費のなかから、展覧会ごとに15千円が拠出されて、日本からの特別賞(厳密には全日本郵趣連合寄贈賞)=入賞作品の副賞として供されます。

 

国際展の副賞は、まずもって受賞国コミッショナーが持ち帰りやすいように軽くて嵩張らず、かつ価値の高いものが受賞者に喜ばれるのは当然のことでしょう。

 

ただ、足許の国際展における特別賞のクオリティ面を全般的にみると玉石混交といった状況で、事実かなりおざなりなものも散見されます(なかには機内販売で10ドル以下で買える子ども用玩具なども)が、とはいえ形が残るものだけに、民間外交の儀礼上も手抜きは禁物です。

 

何しろ2024年ルーマニア展以降、国際郵趣界における日本への視線も好意的なものばかりとは限らない空気感がありますので、その点も踏まえる必要があるでしょう。

 

因みに、前回わたくしがコミッショナーを務めた2023年の台北アジア展の際には、日本からの特別賞として作家物の輪島塗「棗」を提供(英文の説明書をつくり、棗の意味や手入れ方法、ヒンジを入れるのに適していることなどを詳しく表記)したところ、グランプリの副賞に次ぐ目立つ位置に飾っていただくなど大いに歓迎され、受賞者からも直接謝辞を受けました(無論、私がすべて拠出したわけでもないのですが、光栄なことでした)。

 

近年の他の国際展における日本からの特別賞をみると、

・扇

・江戸切子の酒器(ぐい呑み)

・手鏡

・浮世絵(複製)額装

などが供されています。

 

わたくしは特別賞としては、上記の諸条件に加えて日本らしさが現れているものが良いと考えていますので、今回もやはり作家物の輪島塗「棗」を選定しました。外国人観光客向けの土産品にあるような量産品とは異なり箱書きもあり、秋草の金蒔絵が施された立派な美術工芸品として通用するものですので、必ずや受賞者に喜んでいただけるものと確信しています。

 

このように、国際切手展コミッショナーは、多岐にわたる業務を分担し、一つ一つのプロセスを丁寧に進行するよう心掛けています。

 

23名のフレーム作品出品者の皆様には少なくない費用負担をいただき、コミッショナー活動を財政面から支援いただいていますので、感謝の気持ちとともに、日本の印象を少しでも良いものにしようと努力することも当然の責務と心得ております。

 

 

2.26事件の発生に伴う戒厳令下の検閲印「戒厳令ニ依リ開緘」(使用期間は昭和11年2月28日から7月15日までの僅か138日間)が押捺された郵便物はいくつか知られていますが、内国速達郵便の使用例として唯一知られるカバーは、1通しか発見されておらず、これは2019年に入手することができました。


その後、時を経て、内地→外地間の航空郵便書状の使用例も手に入れることができました。

 

 

差立ては東中野局で、日付は昭和11(1936)年4月23日で、哈爾浜の到着印(同年4月26日)が裏面にあり、「戒厳令ニ依リ開緘」の朱印も鮮明に押捺されています。

 

料金は、書状が3銭、内地⇔満州国間の航空増料金が35銭で計38銭となっています。

 

貼付切手は富士鹿8銭と田沢30銭です。

 

因みに郵便史の要素からは離れますが、左下にエンボスがある大学の校章が気になって、調べてみました。

どうやら日本大学の校章のようです。差出人は日大関係者かもしれません。

 

 

日本の急速郵便サービスの歴史を探求して40年以上経過していますが、内国郵便物は兎も角、外国郵便の急速送達使用例の蒐集の難しさは半端なものではありません。それゆえ、恥ずかしながら外信便だけですと、まだ1フレーム作品すら構成できるかどうか疑わしい程度のマテリアルしか入手できていないのが実情です。

 

さて、画像は最近のオークションで幸運にも入手することができた、昭和15(1940)年12月差立ての米国あて外信(船便)別配達書状です。

 

 

料金は、船便書状が20銭、外信別配達40銭で計60銭となっています。

 

貼付切手は1次昭和30銭厳島神社です。

 

差立ては東京局。昭和15(1940)年12月21日で、年末年始を挟み、翌1941年1月3日にサンフランシスコに到着しています。裏面には別配達専用の到着印が押捺されていますので、間違いなく別配達郵便として逓送されたことが分かります。

 

とはいえ、船便を別配達扱いにしたところで船を急がせることもできないわけですから、その効果は限定的であったと推定されます。

 

それゆえこのような郵便物が今日、多数残存するとは合理的にみて考え難いところですが、差出人にとっては、40銭もの追加料金を払ってでも急ぎで運んでほしい、緊急性の高い郵便物であったということかもしれません。