ここ数年で顕在化した、いわゆる水口製贋作アイテム(カバー及び使用済切手)の流通問題は、ついに法廷闘争(民事訴訟)に持ち込まれる局面を迎えています。
本件については、本来ならば「郵趣品の適正流通に資する事業を担う」旨を謳っている公益財団法人が、専門誌のみならず、その機関誌やウェブサイト等も駆使して、大々的なキャンペーンを打つべきところだと思われるのですが、現段階ではまだその一端が始まったばかりととらえるべきでしょうか。
いずれにせよこの問題を一部のマニアの世界の特殊事象として矮小化することなく、今後、実効性ある行動がとられることが期待されます。
件の水口某は、単なる詐欺行為により経済的利得を得ることを狙ったものですが、贋作といえば切手模造の名手ジャン・ド・スペラティの名前を思い出さないわけにはいきません。昨年5月にロンドンで開催された国際切手展には彼の「作品」はもとより、彼が使った手動式印刷機や身の回り品などを展示した特設コーナーもあって、非常に興味深い展示になっていたことを思い出します。
スペラティは、1884年に中部イタリアのピストイアに生まれ、その模造行為は1942年、彼の「作品」がフランス税関によって摘発されたことによって世に知られるところとなりました。
税務当局は、彼の「作品」を真正品としてこれに課税すると主張し、スペラティはこれらが自作の模造品であると主張して裁判での争いとなり、その過程で彼の「作品」は何度か「真正品である」と鑑定されるほどでした。そこで彼は摘発されたものと同じ切手を再度模造して提出し、漸く1948年になってその「嫌疑」(この場合は課税対象品を所持していたという疑い)を晴らしたのでした。
彼は生涯に350点を超える「作品」を残しましたが、これらは1954年、「今後新たな作品を作らない」との条件付で英国郵趣協会に引き取られました。
彼の「作品」は、模造する切手と同時代の切手の印面を除去して「白紙」化させた用紙上に別の切手の印面を精巧に模写し、必要に応じて本物そっくりの消印を追加するという手法を採り、そのクオリティは鑑定機関をも欺くほどに高いものでした。
図版では、わたくしのコレクションから、フランスの最初期切手「セレス」を模した彼の「作品」をお目にかけます。まさに本物そっくりで、本物と並んでアルバムに貼ってあれば、一見しただけではまず気がつかないほどです。当然、消印も偽造ですが、これまた大変よくできています。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20160107/13/kenzaburo-ikeda/f9/27/j/t02200165_0800060013534242441.jpg?caw=800)
以上から推定できるとおり、スペラティの「作品」づくりは、これを本物と偽って売却することにより得られる経済的利得と、これを制作する手間隙、詐欺行為が発覚した場合のリスク等を比較考量すると、採算面ではまったく割に合わないものであったとも言われています。
こうしたことから、彼の「作品」は、通常の切手偽造とは一線を画すものとみなされ、現在では、フィラテリック・マーケットにおいて相応の高額で取引され、場合によっては「本物よりも高価」な切手もあるほどです。
スペラティの模造対象は、主に19世紀の西欧・英領・南米を中心とした地域で発行された精巧な出来栄えの切手であり、それゆえ彼は、自らの行為を偽造ではなく、切手という美術品の複製(模造)であると主張したものと考えられます。
翻って、現在わが国郵趣界を騒がせている、水口製贋作アイテムですが、その動機や模造(偽造)手法、あるいは「作品」の出来栄え等に照らして、「和製スペラティ」とは到底呼び得ないとしか言いようがないでしょう。
本物の切手に偽造印を押捺しただけの「使用済」切手や、本物の切手を封筒に貼って偽の消印を押捺し、筆耕者を雇って当時の郵便物に見せかけるような宛名書きをさせた「使用例(カバー)」では、とても後世に残すべき「模造品」のレベルに到達しているとはいえず、卑劣きわまる詐欺師という評価のみならず、贋作師としても甚だお粗末な仕事振りであったという評価は揺るがないところでしょう。
無論、詐欺により得た利得をすべて被害者に弁済した後に、スペラティ同様に「今後新たな作品を作らない」との条件付で某郵趣協会が全作品を引き取るという始末のつけ方も無くはないのでしょうが・・・。
【参考】
「フィラテリーにおける偽造・変造」(内藤陽介)『真贋のはざま』
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2001Hazama/02/2300.html