10年の成果 | ポーカープレーヤーとしての歩き方

ポーカープレーヤーとしての歩き方

僕はテキサスホールデムポーカーをマカオに住みながらプレーしていた。基本マカオのくだらない情報やまわりのなんやかんやを発信しているだけですが、毎日がんばっています。三重県の近鉄四日市駅前で『Liiink』というポーカーバーっぽいのをやってたりします。

清々しい日だ。


2023年9月1日、NEKOKAJI本店である新宿店の事業譲渡が決定した。

引き継いで下さる方は、12〜13年前マカオのトーナメントで知り合いそれ以来、ほど良い距離の友人。

一言では語ることはできない濃い思い出が沢山詰まったこのお店を、この人だったらいいかな、と納得してお願いできる紳士的な人だ。


2013年、地元の三重県四日市市でアミューズメントカジノ・リンクを出店し、今年でもう10年の節目。

それまで経営していた雀荘バイトだった4人と、弟、妹も加わり立ち上げた。1人途中で退職してしまったのが心残りだが、みんな、信じられないくらい大きな存在になった。それぞれの持ち場で。


リンク出店の際、みんなに約束してもらった事がある。

それは



一位はアキバギルド、彼らだけ見て追い、ひっくり返す。



という実にシンプルなこと。理由は、当時日本で一番良い店舗だと思ったから。三重県の片田舎で店を開けたぐらいで、大袈裟な。

と思った人いない?但し、それこそが僕のガソリン。


10年間やってみて、結果がどうだったか?

僕の力はそこまでには大きくならなくて、達成度はせいぜい30%〜35%てとこ。ここからは新オーナーとFC店舗に託そうと思う。


ただ、達成度とかはそんなのどうだって良くて、最も大切なのは僕がビジョンをシンプルに示す事。そして示したらそれを愚直に実行すること。できないと思いながらやるようでは、仲間に見透かされる。フルスイングでね。


そして、いま、僕たちは次のステップに進みたいと思う。どうしても僕自身が「店舗経営」というものにモチベーションを維持することができなくなり、やらなきゃいけない感に動かされてしまっていた。10年というこの年を節目に、もっと他の方法でポーカーというものを突き詰めていきたいなと思っている。


そしてこれからは主戦場は海外になる。コロナ禍で急成長を遂げた日本のポーカーマーケットは、未だ緩やかな成長を見せている今、ASPTを始め日本と海外を繋ぐようなものに全投資していこうと思っている。


その傍らで初となるアメリカでの飲食ビジネスも開始する。


絶対失敗するだろうな、、、


甘やかさず育ててくれた親のお陰か知らないが、周囲からそういったネガティブな目を向けられるほど、自分は力がでるタイプ。


大きなビジョンを掲げることができるから頑張れる。毎朝起きてなんとか仕事をすることができるし、陰口を言われてもスルーすると決めてる。


前を向いて生きていたい。また仲間にもそういう自分を見せていたい。




【最後に】


NEKOKAJI創業当初から本当に色んな事があり、涙あり笑いあんまなし、の比較的辛い孤独な戦いを何とかやり抜いてこれたのは、間違いなく一緒に働いてくれたスタッフのお陰で、何よりも今もまだ居てくれる人たちがいること。それが本当に有難く、自分を人たらしめる要因だと思っている。

また創業当初からNEKOKAJIに通って下さったお客さん、当時は接客も教育も行き届いていないお店で、文句少なめでポーカーを楽しんで下さって本当にありがとうございました。今でも全ての方の名前を覚えています。皆さんの幸せを願っております。


※一ノ瀬公聖プロは、8年前NEKOKAJIのイスを組み立ててくれました。無給で。いいひとです。