おはようございます。


満員電車でリュックを後ろから前に

持ち替えてそのまま吊るしてるJKに遭遇し

あーなるほど、僕のサイズも

こんな感じなのか、みんなすまんよ

と、心より反省している

よしけんこと人の振り見て我が振り直せです。

#結構邪魔だったんだね知らなかったよ


さて、今朝は。

やらない、と、出来ない、について。


よしけんの特性というか、悪いクセの一つに

求められてもないのに、朗々とアドバイスを話し

その場の空気を変にしてしまう、

というものがあります。


つい口についた悩みに対して

その場合は云々かんぬん話してしまうんです。


自虐に見せかけた自慢だったり

嫌ごとに見せかけたノロケだったり

研鑽に見せかけた自己防衛だったり


コミュニケーションの戦場である

人間社会には、そういった表裏が存在する

言い回しが確実に存在していて


明石家さんまさんや

くりいむ上田さんみたいに

その場での主導権を拙い技術で取ろうとする

人々はお笑いの世界に多いんですが


生粋の素直さと、一握の嫌味が

空気を読まないという行動で

絶妙にブレンドされているよしけんには


それらの類に気づいた上で、

ガチャガチャくっちゃべって無いで

やるならやらんかい!

という勢いで話してしまい


相手からの生絶句を頂いてしまうこと

両手両足の指の数より多かったりします。

#なんてやつだ

#友達少ないはずだ


ただ、多くの事例で見え隠れするのは

『自分はやろうと思わないだけで

 やろうと思ったらやれるのだ』という

根拠のない自信だったりします。


会話が上手な人というのは、

自分の能力をしっかりと把握していて

その物差しをうまく使える人であり

過度な自慢はおろか、謙遜もない人

だと、僕は思っていまして


だからこそ、冒頭の類のような発言に出会うと

そもそも、それ、やらないんじゃなくて

出来ないんでしょ?あなた。

と、指摘してしまうのです。


やらない、と、できない、は

似てるようで全く違うもので


前者は出来る、という選択肢を確実にもっていて

しかもそれをいつでも行使できる

なんなら昨日もやったよ、という人が

今日はやめておこう、と判断するもので


出来ない、というのは、

その文字通り、出来ません。


やってみて出来なかった人、

または、出来るようになるために

努力を続けている人は


『いやーまだ出来ないよね、難しい。

 でも、頑張ってるんですよ。』

という表現になりますが


やりもしないで、出来ると思い

自分がその選択肢を選んでないと

思っている人は、


『あーあれね。やるにはやるんだけど

 〇〇が面倒じゃね?そもそも非効率だし

 今相応しくないんだよね』


という類の表現を用います。


前者の場合、自分でやったことがあるから

その難度を知ってるので、

出来る人への尊敬と愛情があり


後者の場合、自分でやったことないから

相手に対して、鼻で笑ったり

バカにした態度をとったりします。


あーあなたは暇だもんね、

自分はこっちで忙しいから無理、

自分の人生には必要ないから無駄、

てなこととコンボして声をあげたりします。


この世にある様々な物事のほとんどは

僕は出来ないことばかりです。


自分が出来ることなんて、

たかが知れています。


ただ、自分が出来ることは

相手の状況に合わせて、

そのやり方や考え方を教えることは出来ます。


それらが、その人にとって、

最適解の一つになり得るなぁと思ったら

口が動いてしまうんです、だから。


そして、思うんです。

いや、やったことないのに

何でそんなに朗々と否定できるのよ、と。笑


まぁそれには、お互いの心の距離もあるし

日頃の僕の生活態度も評価の一部に

組み込まれているのかもしれませんね。


素直にやってみる、という人は

実はかなりレベルが高いマイノリティであり


多数の人はやろうと思ったらできるから

興味なんてないんですわ!という姿勢を保ち

さっさと挑戦するひとを鼻で笑ってるわけで。


いや、あんたさ。

やらないと、出来ないし、

やらないから、どんどん出来なくなるし

できるチャンスがなくなるよ?


と、心では思いつつ、

『そうでしたかぁ、なるほど。』

と笑顔で相槌を打つよしけんなのでした。