縁の下の力持ち、という言葉がある。

とても美しい響きだなぁと

なぜか昔から感じていた。


そこには男性のニヒリズムが

そこはかとなく漂っているから、

なのかもしれないし


世のため人のため、と

生きたいと願う僕のポリシーに

沿っているから、なのかもしれない。


20代のころ、自分の立場と

自分が付き合ってきた取引先に

嫌われたくないし、面倒な取引をしたくないから

と、僕のことを目立ちたがりで

縁の下の力持ちを認めない人だ、と

言ってきたロートルの先輩がいたのだが


その人から、ご丁寧にあいだみつをの詩を

頂いたことがある。


花を支えるのは葉、葉を支えるのは茎

茎を支えるのは根、寝は見えなぁんだよなぁ。


君に不足している考え方だと

ドヤ顔で意気揚々と渡してきて、


テメェが言うなこの全時代怠け者が!

テメェが見えないところで、

自分は根っこの仕事十分してんねん。

と、いう思いをおくびにも出さずに

ありがとうございます、と答え

恭しく受け取らせてもらった。


あの日の僕の胆力は素晴らしいものだと

いまだに自画自賛している。


さて、その胆力であり、根っこの大切さを

学んだのも、ラグビーでの経験に他ならない。


僕はタイトヘッド、背番号は3。

多分誰しもがやりたくないポジションであり

1試合何してたの?と言われても

仕方ないほどに、裏方でありながら


その実、僕が仕事が出来ないと

試合が成り立たず、

失敗は確実に世の中に露呈する。


つまり、やって当たり前、

出来ずして大失敗という

縁の下の縁石くらいの仕事であった。


スクラム、ラインアウトでの

礎になる仕事においては、


日々の反復練習しか役に立たず

しかしながら、ボールを運んでトライする

バックスの華々しさからは遠く離れ

泥仕事でしかなかった。


さりとて、運動神経がない人間と

自認していた僕にとって、

こんな地味な仕事でも居場所があり

楽しい仲間たちと時間を過ごせるのは

とても楽しく良い思い出となったから


人生とは、ラグビーとは、

不思議なものである。


さて、この、根っこになる仕事というのは

ボールゲームの中で最も理不尽であり

その設計が人生に似ているラグビーの中でも

特に大切であり、その大切さが経験者でないと

理解に難しく、またマニアックでもあり、

必要絶対条件の割に、地味である。


僕の屋号である010mg

価値を生み出し(ゼロからイチへ)

問題を解決する(イチからゼロへ)

という意味を込めて名乗っているが


その根幹にあるのが、

学生時代のラグビーからの経験だと

気付いたのは、


競技を俯瞰して見る機会になった

息子たちが競技を始めたからである。


兄はフォワード、弟たちはバックス。

彼らの仕事っぷりを目で追い、

ラグビーという構造体を彼らのプレーから

逆算していく毎日を過ごした結果、


なるほど、だから自分はこんな思考を

強く持っているのか、

と認識を強めることが出来た。


正義感、おせっかい、

関わる人の幸せの総和を大きくするためなら

自己犠牲はつきものだ、という


一見すると、テイカーに蹂躙される

(まぁ実際にされたのだが)

危険な思想を持った僕と、

プロップという仕事が

いかにフィットしていたのか


そして、その原体験が、

自分のビジネスの根幹に息づいていて、

お客様ファーストで動くという

思想の源泉になり得たのだ、と。


長男はスクラムの大切さを朗々と語り、

フロントローに感謝を抱くフランカーであり


双子は泥仕事を被ってくれて

ユニットの練習を延々とこなす

フォワードに対して強烈な感謝を抱き

だからこそ彼らは、責任を持って

ボールを必ず前へと推し進めるし

手を抜かず死ぬほど走り回っている。


彼らにはなりたくないし、

なれないし、できない。


ただ、そんな仕事を、

責任を持ってイキイキとこなしてくれる

素晴らしい人財が存在することを学んでいる。


無論、ノンメンバーや、トレーナー

レフェリーなど、様々なサポーターは

他にもたくさん居るのだが


自分と同じフィールドに立つ、

異質の仲間を本能的に認められる

訓練までもラグビーが担ってくれるのは

本当に有難い限りである。


さて、冒頭に述べた話だが、

根っこを見ろと言い、周りに気を遣い

尊敬しろと、言いたかったのだろうが


体制を維持するために生きてきた人間の言葉は

20代の若造の僕にすら届かなかったわけだ。


まずは、働いてから言えやボケナス、

テメェらがほっらかしにしてきたから

こんな現状になってるんやろがい。


と、当時の僕は思っていたし、

いまだにそう思っている。


社内の名言として語られる

過去に対しては帽子を取れ

未来に対しては上着を脱げ


というのは、現役世代の先輩後輩の

礼節の話なんかではなくて、


企業体として、世の中から求められ、

手を動かせる人は、全て上着を脱ぎ

より良い世の中を作るために戦うべきだ

というものであるのに


自分がベテランだから、と

過去の栄光に胸を張る愚行を

堂々とやってのけるのだから

手がつけられない奴だったのだ。


年齢というのは単なる符号であり

不可逆の変数でしかなく、


稚拙な老人もいれば、

聡明な若年者が存在する理由の一端が

理解できた経験にもなったのだった。


だからこそ、

自分がそんなベテランにならぬよう

今日もこうやって思考と行動の点検に

余念がない、というわけである。