おはようございます。

 

たまに、「太った?」って

言って来る人って

それで僕が喜ぶとでも

思ってるのだろうか、FxxK!

と、今日も元気なよしけんです。

#定期的に観測してるならまだしも

#久々に会って言ってくんなよ

#太ったんちゃう太ってんねん

 

さて、今朝は。

いいこと、悪いこと、という話を。

 

ユニクロで陳列されている服には

タグについた値札以外に

サイズが印字された薄透明のシールが

前身頃に貼ってあります。

 

仮にそれがMサイズなら、

MMMMMMMMくらい書いてます。

 

で、薄透明なので剥がすのを忘れて

そのまま着ていってしまい

自分の服のサイズを世の中じゅうに

PRしてしまうことになった人、

きっと僕だけじゃないはずです。

 

XLXLXLXLXLという表記を胸に

笑顔で闊歩する僕に、

 

でしょうね。

という視線を送ってくれる人。

 

視線の前に、一言。

「安心しちゃダメです、ついてますよ」

って言って欲しかった。泣

 

でも、知らない他人(女性)が

おんなじ状況になってたのを見た時は、

流石に声をかけられませんでした。

 

だって、恥ずかしいだろうし。

その身長でLサイズなんですね。

なんて言おうモノなら、

今頃、懲役刑を喰らってたかもです。

#ルッキズム侮辱罪

 

つまり、してほしいことと

してあげたいこと、には

相応の隔たりが存在する、って

ことなのだろうなあと思うんです。

 

十人十色、千差万別、

そんなことは当たり前なのですが

 

このしてほしいことと、

してあげたいことの裏側には

 

されたくないことと、

すべきじゃないこと、も紛れています。

 

冒頭のいじりなんてまさに

されたくないオブザイヤー受賞確定ですが

 

すべきじゃないこと、については

少しだけ、取り扱いを考える必要が

あるのではないか?と思うんですね。

 

例えば、泣き止まない赤ん坊に

うるさい、と悪態をつく大人が

電車の中に居たとして

 

トラブルになるのは嫌だから

見て見ぬふりをしよう、

僕が出て行くべきじゃない。

と思うのは、人の性でしょう。

 

面倒なことに巻き込まれたくない

と口では言いつつも、

そこにはやはり

知らない人への注意に対しての

心理的負担、恐怖があるはずです。

 

でも、これは本当は、すべきこと

なのだと思うんですね。

 

その子そっちのけで

スマホゲームをしてたら、その親を

 

一生懸命にあやしてるのに

悪態をつき注意をやめない

その大人を、嗜めるのは

 

やはり、すべきことなんです。

でも、怖い。怖いから出来ない。

そりゃわかります。僕も躊躇します。

 

ただ、そういった

判断のズレや揺らぎは

営業の現場でしばしば起きてしまいます。

 

前ボタンが閉まらないシャツを

似合いますよ、と勧めたり、

 

明らかに使いこなせない

スペックのパソコンを勧めたり、

 

パチンコで負けた顧客を励ますからと

店に引っ張り込んで金を使わせることなどは、

すべきじゃないと思うし

 

その顧客が本当に困っていることを

手助けするソリューションがあるならば

高額でも提案することが

すべきことだと僕は思っています。

 

見ず知らずの他人を目の前にして

すべきこと、すべきじゃないことは

躊躇する大多数の人が

 

なぜ、仕事という服を着ると、

すべきことと、すべきじゃないことに

歯止めがかからないのか。

 

そこには、役を演じている

自分じゃない自分が存在していて

判断軸を、その服を着せた側に

全て持っていっている、からかも。

 

じゃあ、その役になりきっている自分に

とびきりいい役を演じさせてあげたら

いいと思うんですけどね、僕は!

 

それが人が人に価値を届ける力であり

仕事の大切な流儀だと、信じています。