僕は、スマホを2台持っている。

1台は、関西に来てからずっと

同じ携帯番号を持ち越している

いわば、僕のパートナー。

 

もう1台は、会社から貸与されている

連絡用のもの、どちらもiPhone。

 

業務上、いつ連絡が来るかわからない

そんな時代は、会社のスマホを

肌身離さず持ち歩くことを

疑わなかったが

 

会社の仕組みが変わり、

市井の人の幸せを守ることが

一丁目一番地じゃなくなった挙句


会社へのエンゲージメントが

圧倒的に低くなった今、その行為すら

鬱陶しく感じてしまう。

 

とはいえ、一応、念の為。

長期休暇で出かけるときは

持っていくようにしている。

 

タスクらしいタスクが無いのに

空き時間にメールボックスを見て

早期に処理してしまうものだから

平時にする事がなくなって困る、

という最近の悩みに

 

人はここまで変わるのか、と

ふと面白みを感じてしまう。

 

そんなある日、自分の携帯と

会社のそれが、同じくらいの時間に

ブンと震えた。

 

まずは、会社の方を見る。

紫のアイコンの右肩に

1という赤塗り白文字のバッジ。

 

慣れた手つきでボタンに親指を押し

アプリを開いてみると、

とある人からの退職の連絡だった。

 

「よしけんは常に気を遣ってくれて

 一緒に働いてて涙が出るほど嬉しかった

 優しく接してくれてありがとう」

 

そんな感謝の言葉と共に、

組織への若干の憤怒というか

絶望というか、諦観というか、

それらがないまぜになった感情を

行間から感じた。

 

また、一人。

時間を共にした人が、

ここから去っていくのか。

 

そんなノスタルジーを抱きながら

相棒の方に顔をあわせる。

 

こちらは、会社の人だが

プライベートでも仲の良い人で

いつもふざけている酒飲み仲間から



淡々と、伝えられた、訃報だった。



 

は?とえ!とが

僕の口から同時に飛び出して、

隣にいる妻は怪訝そうな顔をしている。

 

なんでまた、と緑の吹き出しで聞き返す。

闘病してたんですって。

白の吹き出しで返ってくる。

 

闘病、トウビョウ、とうびょう。

心の中で反芻する。未だに状況が飲み込めない

否、理解しているけど飲み込みたくない。

 

あの日の仲間が、一人戦い、

この世を去った、という事実を

理解したくない僕の防衛本能だ。

 

そうか…諸行無常だな。

そう打ち返すのが、精一杯。

 

僕らは、いずれ死ぬ。

紛れもなく、この世を後にする。


その順番は

一般的には年齢順と思っているし、

 

宅急便のように、

よしけんさん、そろそろですよ。

と死神なのか悪魔なのかが

教えてくれるシステムだ、と

うっすら思っている。

 

が、そんなことはない。


別れは突然に来るものだ。


病と戦う選択をした友の

現状も知らずに、

 

自分の生きる時間だけに

フォーカスしていた自分が

たちまちに恥ずかしくなった。

 

ただ、そうは言っても、

不思議と冷静な部分もあった。

 

この年齢になると、

死が永遠に僕と他人を分つ経験を

それなりに乗り越えてきたから、

かもしれない。

 

成長というのか、退化というのか

劣化というのか、強靭化というのか

知る由もないのだが

 

どれだけ強い縁で結びついた時期が

その人とあったとしても


縁が、なくなれば

会いたくても会えないのだ。

 

どれだけ同じ時間、同じ課題に向き合い

お互いを高めあったとしても、


勤めが終われば、

会いたくても、会えないのだ。

 

きっと、彼にとっての

僕のお勤めは、終わっていたのだろう。

 

だから、会えないのだ。

何をどうしてたとしても、会えないのだ。

 

どう転んでも、もう2度と会えないし、

そう転ぶ前に、もう会えなかったのだ。



人生というのは、大変に奇妙なものである。

 

真実は小説より奇なる、と昔からいうが

それもそのはず、その奇妙さがあるからこそ

人間は未完全であり足るを知る事ができる。

 

悲しい、とか、虚しい、とかではない。


きっと、彼にとっての僕の役割は

最後に会ったあの日に終わっていた。

そう自覚する他ない。


これまで会えなかったし、

そして、永遠に会えなくなった今は。

 

でも、彼の作った礎は、

日本国内に残されている。

 

ライフワークとして心血を注いだ

「作品」たちは今も、全国各地で

コートを跳ね回っている事だろう。

 

結局、別れが辛いのではないんだな、

相手にとって僕が用がなかったのか

と、寂しくなるのが、辛いのだな。

 

会いたい人、会うべき人には

あっておいた方がいいな、と思うけども

 

会うべき人には、然るべきタイミングで

必ず出会う、出会っているのも

この世の常である。

 

そのサインを見逃さず、

明日からも生きていこうと思う。

 

生の生き死にだけではなく、

役割の終わりが、今生の別れ。

 

役割があれば、必ずそれは

また、僕の前に現れるはずだから。