あれは働き出して
どれくらい立った頃だろう。
toCの訪問営業担当者として
全社を代表する人間になってたから
28歳ぐらいの頃だろうか。
新たなジャンルで実績を作るなら
全て僕におはちが回ってくる
そんな状況であり
その状況を楽しみつつ
苦心しながらも毎年なんとか
達成の道筋を立てていた頃。
少なくともこの業種において
おそらく僕にできないことは
ないんじゃないか?と
勘違いするほどに
鼻が高々、伸長し切ってた時期
嫌な若者だったと思う。
そんな僕を嗜めるかのように
隣の部署の管理者から
「粗利ベースで自分の給料を
超えてるのか?」という
質問を投げかけられた。
粗利?なんだそりゃ?
と思いつつ、周囲から原価を聞きつつ
冷静に計算してみると
僕の提供していたそれは、
サービス開始から、未来に続く先で
たくさん儲けるスキームだったため
単年度の売り上げでは
自分の給料を少し超えてなかった。
つまり、先輩がこれまで
積み上げてきた利益の上で
商売をやっていただけ、だったのだ。
なるほど、そりゃ偉そうにしてたら
恥ずかしいわな、と当時の僕は理解した。
あれから20年弱が経過した今。
その頃よりも遥か多くの知識と
その頃には想像もつかないレベルの
人生経験を積んだ今の僕は
やはり、この問い自体に
首を傾げざるを得ない。
自分の給料≧自分の稼いだ粗利
ということを求めている時点で
それは、会社として
体をなしていないからだ。
早く行くなら一人で行け
遠くへ行くなら皆で行け。
ことあるごとに思い出す
この言葉通り
会社というのは強点を
お互いでさらに高めあい
弱点を補い合い、助け合って
先に向かう集団のことであり
稼いでくる人というのは
それ以外の内政部隊と同じく
役割なだけであり
外に出る人が最も偉い
というわけではないからだ。
相互に理解や尊敬があり
タガタメに生きること、それが
会社の目指して然りの方向性なのだ。
だから業績連動の給与は理解できるが
個人褒賞が個人の収益連動になるのは
ちょっと道がずれているように思う。
だって、個人だけで本当に出来るのなら
その会社にその人が存在するよりも
一人でやった方がいいからだ。
自分の仕事を振り返っても、まさにそれで
あの頃の僕の売上利益は、
たくさんの人に支えられたから
達成出来たものであり
その人たちの永続性を担保するために
その収益が未来永劫使われるのは、
当たり前と言えば、当たり前なのだ。
受けた恩は石に刻め、
与えた恩は水に流せ、と
かっこいいことを言うつもりはないが
恩を受けたのだから、その恩を
未来に返すのは、自然の理だろう。
そうやって織りなすのが会社なのだが
会社とは何か?などを考えない人すら
遠くに連れて行くのが会社の特徴であり
そこに属している自分が一番すごい
そう勘違いして、会社員人生を終える人も
驚くほど結構たくさん存在する。
自分は花形なのだ、と思い
それを励みに努力することは
素晴らしいのだが
その花形の舞台を用意している
その他多くのスタッフに感謝できない時点で
三流以下の人間なのである。
そんな、三流以下が跋扈する環境に
送られた僕の戦友が、
昭和の匂いが色濃く残る平成中期
僕が若手の頃に言われた言葉と
同じような言葉を、
スマホが当たり前、AI全盛の令和の今に
投げかけられた、と耳にした。
「もらってる給料分くらい働け」
そんなふうに、
上司に言われたのだそうだ。
その部署で1年生である人に対し
その発言をするデリカシーの無さも
特筆すべきところだが
そもそも、この人はこの部署は1年目だが
社会人としては既に四半世紀を超え
キャリアパスの彩りは、
そんじょそこらの人とはわけが違うわけだ。
そう、少なくとも、
30年近く同じ場所で、
花形のような振る舞いをし
周囲が変わっていくことを意識せず
無為に過ごした貴様とは
背負ってきた重みも、
血を流した経験の質量も、
共に段違いなのだ。
ただ、さすが戦友。口が悪い。
返し刀で「お前がな」と
通告したそうだ。
僕も彼も、中間管理職として
きっちりと実績を上げ続ける組織を
作った手腕の持ち主であり
ノンキャリアの中でも相応に高い
職位を頂戴している。
いわば、上司という役割を
そこで果たす目の前の「小僧」より
数枚も上手なのだ。
僕は、このエピソードを聞いて
拍手喝采大笑いし、激しく首肯した。
そして、こう思う。
会社という存在は、
属しているだけで成長はさせてくれない。
そこで、何を選び、何と向き合って
何を研鑽するかを自分で決めて
成長を欲しない限り
会社が与えてくれる役割以上に
成長することは、まず無い。
日々変わらない生活を安定して送ること
そんな安心安全の欲求を求めて
大きな会社に入る人もいるだろう。
それは、その人の生き方だから
否定をするつもりは毛頭無いし
僕も元来その一人だったから
文句のつけようがない。
しかし、当たり前を続けようと
同じ位置で同じことを
やり続けることを生き甲斐にしている人が
挑戦して成長しようとしている人
その人の道程に対して
リスペクトしないのは
大間違いである。
過酷な環境を乗り越えた人の
これまでやこれから、と
ずっと同じ場所で生きている人の
これまでやこれから、は
圧倒的に違うものだ。
いくら同世代の人が求めても
歴史は買うことができないので
同じカリキュラムを組めないし
過去の経験は、今後の未来にも
複利的に効いてくるからだ。
こんな人間を複製する未来のために
僕らは働いてきたのか、と愕然ともするが
まあ、結果的に代替されない
知識経験を得たのだから、
こちらの方が圧倒的に得をしているし
豊かな人生だったな、と思う。
そして、改めて、
歳を食う度に謙虚たれ、と
自分に言い聞かせる。
過去の自慢話は犬でも食わない。
求められた時にだけ
そっと添えるだけでいい。

