おはようございます。
体調が思わしくない日は
胃に優しいものを食べるべき
なのでしょうけども
そんな時こそアルコール消毒だと
いも焼酎のお湯割を煽り
二郎系で野菜マシマシを食べるのが
最適だと信じてやまないよしけんです。
#感想は個人差があります
#要領用法を守ってお使いください
さて、今朝は。
最良からの最適、という話を。
最良の敵は、良。
これは、僕の人生を変えた
コンサルさんが使っていたキーワード。
僕自身もこのキーワードを
思い出しながら仕事に没入したし
チーム作りにも活用した。
最も良い、という状態に
成長することを阻むのは
良い状態だ、という説は
当時30歳になったばかりの
僕にとって、非常に衝撃的で
未だかつて、あれ以上の
「なるほど、確かに」に
出会えてない、かもしれない。
良い状態、というのは
本当に良い。
良いから、続いている。
だから、良い状態を
保とうとする。
良い状態を保とうとすると
少しずつ確実に、
状況は悪化していく。
そういう意味でも、
良い状態って危険なんだよな、
と、これは人生を通じて
学んだことなのです。
だからこそ、絶対に、
命をかけてでも、
最良を目指すのが価値があるんだ!
そう思って生きてきた僕は
最近少しだけ、考え方が
変わってきたように思います。
それは、最良という状態を
疑ったことから、始まりました。
最良を目指し、最良を手に入れたとしても
手にした時点で、それは良いものになる。
普遍化した最良は、良い状態。
じゃあ次の最良を求めることになる。
それを繰り返していくと、あら不思議。
良い状態であり続ける手段だった
最良を目指すことだけが目的になってしまう。
とんでもねージレンマだなあ
と思うわけです。
また、最良というのは
結構な確率で、不快の先にあって
何らかの犠牲を払っていかないと
そこには辿り着けません。
部屋を整理しても、整頓できないと
また散らかってしまうように、
可逆状態から抜け出せないのです。
そして、最も恐ろしいことが
最良だとしてもそれが最幸じゃない
という結論に至るケースまである。
例えば、株主にとっての最高は
従業員にとっての最幸とは言いにくいし
従業員にとっての最良は
実は組織にとっては最幸じゃない
なんてこともザラにある。
最良を求め続けてきた
これまでの人生で学んだ教訓は
最適な解に、物事を置いてみて
しばし、なりゆきを眺めてみる。
という選択肢も割と重要だなということ。
最適、というのは
いくつかの選択肢の中で、
一番ふさわしいもの。
もう少し穿った書き方をすると
現実味を帯びて、再現性が容易なもの。
最良を目指すには、まず最適な状態を
作っていく必要があるよなあと。
最良にコミットさせるとなれば
結構なスパルタになりがちだけど
最適にコミットしてもらうと
皆それなりに幸せであり
結構な確率でうまくいき、そして
その時代では良より上で
最良のちょっと下を目指せる。
最良の状態を過度に求めると、
疲弊して軋轢を生み、
人は摩耗するけども
最適な状態を続けつつ、
少しずつ歩みを進めると
最良に近い仕上がりになる。
落とし所のない議論、
与党と野党の対立構造、
羅針盤なき行動、
最良を求めているからこそ
そういった構造になるのですが
最良をなしえない=ゼロ
最適なことを行う≠ゼロ
なのだから
現実的な最適を求めるのが
皆にとって最幸に近いよな。
これもまた、
100点が至高だという
教育の悪しき思考習慣の賜物
なのかもなあと思いつつ
最良を追うことは忘れずに
最適を積み重ねるよしけんなのでした。
