おはようございます。
最近は怒りむき出しの
ブログが減ってきて安心してます。
と、とある読者に言われて
そんなにむき出してたのかと
恥ずかしくなったよしけんです。
#確かに今でも思い出すと
#信じられないくらいの憎悪があるよ
さて、今朝は。
リノベーション、という
ちょっぴり暗い事実を。
アルティメットクラッシュ。
これは、2002年ごろの
早稲田大学のスローガンだったと
記憶しています。
監督はあの清宮さん。
優勝から遠ざかっていた
名門チームを見事復活させました。
創造的破壊、という意味で
使われていたそうですが
新たな文化を作るために
枠組みは残しつつ
古いものを壊して再構築する。
住宅でいえば、リノベーション。
大切な外殻は残しつつ、
内容を現代風に徹底して変更する。
早稲田らしさを残しつつ、
早稲田に足りないものを足し合わせる。
この時期のサクセスストーリーの影響か
いまだに早稲田に一目おいています。
なんで、こんな話を出すか、
と言いますと、
僕もまさに今、
リノベーションの真っ最中で。
メンタルダウンから復帰して
10ヶ月は経過しますが
それなりの後遺症が残っている
という話に触れようと思ったからです。
メンタルダウン前と後で
自分の気持ちに
歯止めが効かなくなっており
我慢ができなくなった、
と言いましょうか
くだらない伝統に
忖度して生きるくらいなら
距離をしっかりおいて
シャットダウンした方が
随分人間らしいなと
思うようになっておりまして
過去の自分と比べると
違和感を禁じ得ないのです。
当時のことをレポートした内容を
いろんなAIに読み込ませると
十二分にパワハラ立証できる、と
憤ってくれていますが
結局は、臭いものにはフタという
処分を受け、僕が異動をし
相手は注意を受けることで
この事件は手打ちになりました。
正確に言うと、
事件にもなってません。
いじめられた側が転校し
いじめた側は、
責任を問われず守られる。
なんとまあ見事な
日本の縮図でしょうか。
好きだった職場から離れるのは
本当に辛いものでしたし
究極的に低次元な嫌がらせに
耐えられなかった自分も情けないし。
ただ、もう二度と戻りたくもない。
そんなメンタルの影響もあってか、
いまだに、もと居た職場の
サポート業務の従事は
表向きには許可が降りません。
あんな事を経験するまでは
ある程度のところでリミッターが働き、
自動的に相手を受容すべきであり
いずれわかってくれる日が来る
と思っていましたが
今は、その気持ちはエンプティ。
人の形をしているけども
全く別な生き物は
世の中に至る所に存在するんだ
と、悲しいかな、自覚を深めました。
その中でも、
無意識なテイカーへの嫉妬という
気づきに辿り着いたのは
怪我の功名かもしれませんが
それにしても。
人もどきの社会への溶け込み具合と
そいつらから削られながらも
看過してあげる周囲の忖度は
目に余るものがあるなあと
今日も今日とて感じております。
基本的な心理状況を
徹底的に壊された僕は
幸か不幸か、外見は
ほとんど変わりがありません。
つまり、強制的に
内面をリノベーションされている
そんな状況です。
加害者のファーストネームが
自分と全く同じ、いう影響もあり
奴の存在を忘れたくとも、
自分が生きている間は
一生忘れられないでしょう。
この名前には愛着があり
両親がくれた最初のおおきな
プレゼントなので
こちらが捨てるなんて
バカな真似はしたくないしね。
メンタルダウンの恐ろしさは
傷の治療具合が傍目からも自分でも
わかりにくいところだと思っていましたが、
それより怖いのは
心が変質させられてしまった事であり
もう2度と、以前のような
感覚が僕に戻れない、という強い予感です。
そして、その事実を認めるまで、
まだまだ少し時間がかかりそうです。
いつまでも
被害者ぶるんじゃないよ
だとか、
実際は詐病なんでしょ?
戦略的に対応しただけでしょ?
だとか。
周囲は面白おかしく
勝手な理屈を振りかざしますが
それは全て、的外れ過ぎてて
右から左へ流れていく音でしかない。
今、ここに存在する僕は、
蛹が蝶になるような変態ではなく
ピチューがピカチューに
なるような進化ではない
生存戦略としての
リノベーションを受け入れ
新たな人間として
生きていくことを決意した
見た目は同じに見えても
中身は入れ替わった生き物。
そして、何度も何度も何度でも
憎らしく悔しく思っていますが
人を壊す人間もどきを放置している
今の組織は最悪であり
僕は、今回の扱いを
1ミリも納得できる要素が見つかりません。
相手にも君と同じく人権があるんだ
という、会社からの空虚な言葉は、
僕の心の深い場所を、
どれだけ傷つけたことでしょう。
また回復を目指していた時に
パートナーから投げかけられた
心無い言葉についても
相手の感情を憂慮し、
口が滑った言葉だと主張されても、
僕は完全に堪忍袋が破裂した状態ですので
評価も意見も試みるのは辞めました。
見た目は何も変わってないし
生活も、今のところ変化はないから
周囲からは回復した、
元気になった、とお感じなのでしょうが
あの頃の僕は、既にこの世にはいないのです。
僕は、あの日、前から刺され
後ろからどつかれて
明確に、殺されたから。
…と書くと、極端すぎるかもしれませんが
それくらいの、インパクトでした。
長年、この仕打ちに向き合って
生きていかねばならぬのかと
ふと、暗澹たる気持ちになりますが
それも、また、
僕の人生のカルマなのでしょうね。
最後に、読者の皆さんへ。
ギリギリで踏みとどまってる人がいたら、
迷わず距離を取って、逃げてください。
その人は、人の形をした、別の何か。
話しても、何も伝わりませんから。
絶対に。
