おはようございます。

 

自称オシャレなのですが、

自分のスタイリングだけでは

どうも画一性が強すぎるので

チャッピーに相談してみたら

そのスタイルが正解と言われて

嬉しいやらなんとやら、の

よしけんことファッショニスタです。

#どうやら正解らしいです

#最近はトップスと靴下の色を

#合わせることに凝ってます

 

さて、今朝は。

ファッションに求めるもの、

という話を。

 

僕がファッションに目覚めたのは

中学校2年の時。

 

ランバードのバッシュを履いて

アディダスと胸に書いた

グランジ加工の半袖短パンで

街中を闊歩する自分が

すごくダサいと気づいた時点です。

 

僕はね、モテたいんだよ!

と、どこかの乳業会社が

不祥事対応時に不眠を

記者に言い放ったような勢いで

 

そう、モテたかった。

下心しかなかったんですね。

 

だって、中身に自信は全く無かったし

着飾ることで、自分が少しだけ

かっこよく見えたから。

 

最初は、デニムにパーカー

バックパックって感じの

可愛い中学生でしたけども

 

当時のスターだった

アントワープ6の面々の存在

 

特にダークビッケンバーグの

ブーツを初めてみた時の

あの衝撃は、

 

ラーメン二郎に初めて一人で

行った時に、普通サイズを頼んで

店員に睨まれた時とほぼ同じでした。

#知らんがな

#もっと食えるやろってことか

 

今調べましたけど、

中古市場で相変わらず

高値で取引されてるんですね。

 

僕は一度も履いたことはなかったけど

あのあたりから、ファッションに

ぐーっとのめり込んでいきました。

 

学生時代、私服での通学が

OKになった学年では、

 

一度も同じコーディネートで

学校に行かないという

謎ルールを作っては

 

よくいえばミスチャーで

悪くいえばぐちゃぐちゃーな

一貫性のない服装で登校し

 

ラグビーの練習までは

夢の中の生活を過ごしました。

#学べよ


#こんな格好で学校に行くな

#左隣は秀才のクラスメイト

 

社会人になった後、
サラリーマンの制服である

スーツがとにかく嫌いで、

 

まだまだ誰も周囲が

やってなかった時から

ジャケパンで通勤しては

 

会社舐めてんのか!?

とザコシがモノマネする

タイガーマスクの中の人の

勢いで怒られてましたが

 

ナメてますが、

実績は出てますけど?と

クソ生意気な若手として

生きることを選ぶくらいに、

 

僕にとって、ファッションは

大切なものだったのです。

 

営業で着こなせるギリギリのラインを

探りながら生きてきて、

 

今、オフィスカジュアルという

不思議な世界線に時代が突入し

 

営業企画という立場上、

そして、無双する夢想家として

生きている以上、

 

自分を少しだけミステリアスに

見る人が違和感を抱くような

スタイリングは欠かせない。

 

ただ、過去から変わった点は

服や靴は「着飾るもの」から

「自己表現のツール」へと昇華されたこと。

 

ドルガバだ、グッチだ、プラダだ、

ボッテガだ、ルメールだ、マルジェラだ

ギャルソンだなんだと

 

ブランドを並べることも

それはそれで楽しい趣味でしたが

 

今は、今日の自分を表現するための

大切なツールであり、

自分のもう一つの要素になっています。

 

幸いなことに、世の中の人の多数派は

 

ユニクロによって

最低レベルが大幅に引き上げられ

デジタライズされたファッションの森に

紛れることが正しいと思っているのか

 

あまり、僕を詮索することはありません。

 

それ「どこ」の?って

聞かれることって

 

学生時代にはあんなに沢山

あったけど、今は皆無。

 

でも、それでもいいんです。

 

自分が自分らしく入れるための

布という皮膚であり

 

世間と自分との間に

境界線を引くための鎧でもある

ファッションに興じることは

 

誰でもない、僕のためなので。