おはようございます。
どちらかと言えば仏教であり
好きなのは八百万の神なので、
今日は一日浮かれる事はしないけど
クリスマスソングってワクワクさせるよね
と思ってるよしけんです。
#ソリなんて走らせた事もないし
#ジングルをベルしたこともないし
#サンタどころか諸人もこぞってないのに
さて、今朝は。
ワガママ、という話を。
ワガママとは、私が思う通りになる
という意味から転じて
他人に配慮せず、自分勝手に振る舞う事
という意味で使われる事が多い単語です。
ワガママ言うな!!と、日本国民なら
怒られた事があると思いますが
それこそお前の都合やないか。
と、幼い頃から
心ながらに皮肉ってたよしけんは
割と昔から、自分より外へ配慮する
という意識を持っていたからか
あまり、ワガママな性格だと
言われる事がありません。
歳を重ねたからか
類が友を呼んでるのか
僕の周囲にも、あいつワガママやなぁ
って人はあまりおられないように思います。
ただ、だからこそ、ワガママな人に
苦笑しつつも、惹かれる部分があるんだろうな
とも、思っています。
ワガママに生きるというのは、
実は相応に強さを持ち合わせないと
出来ない芸当でして
コミュニケーションを取って
生きていくのがデフォルトの人間社会の中で
常にワガママに生きるってことは
空気を読めない、とか、
人の気持ちがわからない、とか
気持ちを逆撫でする、とか
とかく、厳しい言葉にさらされます。
だからこそ、集団生活を通じて
僕らは生まれつき備わっていた
ワガママに生きる能力を、
矯正して、封印されてしまうのです。
残酷なように聞こえますが
社会正義を保つには、必要な儀式であり
削ぎ落とされるのではなく、
形を変えて自分の中に残しているから
洗脳には当たりませんが
いつしかそのワガママの存在を
みんな忘れてしまい、大人になっていきます。
ただ、そのワガママが
違う形になって表出したのが
利己主義なのです。
社会正義を保つために必要なのは
ワガママの変形だけではなくて
人としての気位、品や教養の醸成も
同じくらいに大切なのですが
こちらの方は現代社会から
どうも抜け落ちているように思えまして。
だから、相当な利己主義であるその人たちは、
自分のことをモンスターだと気付かずに
相変わらず自分だけが気持ちいた道だけを
選び続けています。
鬱屈したワガママの成れの果て、
自分らしさを履き違えた怪物たちは
あいも変わらず、学びもせずに
不躾に今日も誰かを傷つけたり
困った人間にワガママ言うなと
声高に叫んでいて、
そんな様子を見ると、滑稽で
ふふふと笑えてしまうのです。
ワガママが許される人、
僕が惹かれるワガママな人は
そのベクトルが自分では無くて
外に向いている人
つまり、利他主義であり
強さと同時に、
高い気位と信念を持っています。
そういう人と出会うと、
とても、魅惑的でドキドキしてしまいます。
しっかりと社会に、他人に、ギフトを贈り
その見返りが不思議に帰って行く人は、
非常にワガママに生きておられ
まさに致命の域に達しており
利己主義ゾンビは、
自分だけの利益の最大化を目指して
今日も他人を躊躇なく搾取しています。
学歴になんの価値もない、と
日頃から感じるのは、
その人らの気位のレベルと
全く相関関係を示さないからです。
正しい人間として歩む強さを持ち
ワガママな人が増える事を望みつつ
ゾンビに食い荒らされ続ける
焦土となったその組織を
諦観の中、見つめるよしけんなのでした。
