在宅勤務だったり、このブログだったり

読書だったり、考え事だったり。

 

長男のために買ったはずで

でも、彼は一切使わなかった

学習机を、僕が愛用している。

 

自分の机って、結構好きで

僕も実家暮らしの時は

そこによく座って

 

当時集めていたガンダムの

ゴム人形で一人で遊んでいた。

 

その影響か、僕は一人で

学習机に座って仕事するのが

結構好きである。

 

子供部屋を想定して作った

3LDKの「3」は

その用途として用いられず

 

子供達がリビングで過ごし

僕がその小部屋で過ごすという

結果になっており

 

まあ、でも、

無駄なものってないなあと

一人納得もしている。

 

学習机の上には、

僕を織りなす様々なものが

置いてある。

 

一日1%の努力を、という

メッセージに感銘を受けて

特注した14分20秒の砂時計

 

それなりに持っている本の中で

読み返す頻度の多い本が

10冊ちょっと。

 

メトロン星人と

マスターヨーダの置物と

 

カセットテープ型の

ワイヤレススピーカーと

 

双子が保育園の

お泊まり保育でもらった

「宝物」の石。

 

そして、思いつきを形にしたり

顧客対応上のメモに使った

使いかけのノートが数冊。

 

使っている座椅子は

単身赴任の時に使っていた

リクライニングチェア。

 

ここを眺めていると、

これまでの僕が透けて見えるようだ。

 

ただ、今日は机の話を

したいわけじゃなくて

主役は先ほどの書きかけのノート。

 

ここには、このままではいけない

学び直したい、と志した時

 

まあこのブログを書き始めた時期

くらいに僕が学んだことが

ずらりと書いてある。

 

この前、そこにあった

当時の僕が考えたライフプランを

パラパラと目を通して

 

うーん、作り込みが甘いなあと

当時一生懸命作った自分を

励ましたのだった。

 

37歳とか38歳くらいだろうか。

今読むとその青二才ぶりが

可愛らしくも思うのだが、

それでも当時は一所懸命だった。

 

そして、その時では

思いつかないような人生を

歩んで、たどり着いた今との

ギャップにも、

改めて新鮮に驚いている。

 

そして、ふと思った。

人間というのは、今日という今が

一番成長していて、

でも、一番未熟なのだ、と。

 

この日、ペンを取り

一所懸命に書いた中年のそれは

もちろん当時のベストだった。

 

でも、時は過ぎて今、

ピントのズレにクラクラする。

 

だから、今日、今が

僕の最高値であり、最も未熟なのだ。

 

そして、書き記すことが大切である、

とも改めて感じた。

 

このブログも、当初のものを

読み返すと、その未熟さに

赤面するのだが

 

ただ、しかし、ノートもブログも

軸は今と変わらないことにも

驚いている。

 

自分が考えたものを

日々こうやって目の前に残すから、

軸をぶらさずに生きていけるのか

 

それとも行動哲学が、

学習机に座って過ごした

あの時から変わらないのか、

僕には判断がつかないのだが

 

ただ、なんというか、

机というのは、学びの場所であり

 

学びというのは、多方面から

受けることになるんだな、と思う。

 

過去に自分が書いたブログですら

今の自分にとって学びになることすら

あるくらいだから

 

今日のこの思い、この文書が

未来の僕の学びにつながることも

まあ、間違いはないだろう。

 

机に向かう、ノートに書く。

はたまたこうやってパソコンで記す。

 

いずれにせよ、大切なことだな、

という思いを強くした

 

晩夏というには冗談のように暑い

今日という日だった。